OLAFのシスコ、ハワイ旅行(’17年8月31日①サンフランシスコ市内観光)

一日観光ツアーでサンフランシスコの市内観光に出かけた。
23年ぶりの、シスコ。
どんな風に変わっているのか?変わっていないのか楽しみだ。


ピックアップはそばの「The Pick Wick Hotelロビー」
8:35。
割と涼しい。
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シスコに40年住んでいると言うベテランガイドさんの案内で街を走りはじめる。
「ここは、シリコンバレーが近いので最近大きくなったIT企業の本社が多くあります。
これはその一つツイッターの本社です。」
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初めは、シビックセンター広場の端に堂々と立つ「サンフランシスコ市庁舎」。
太い円柱が並ぶボザール様式で2街区を占めている。
道にはサンフランシスコの州旗がはためいている。
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傍には、砂金を発見した1848年の翌年より、カリフォルニアを目指す人数は膨大となり、「49ersフォーティナイナーズ」と名付けられ、その記念碑が立っていた。
その名前はアメリカンフットボールのチームの名前にもなっている。
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War Memorial Opera Houseがサンフランシス市庁舎裏手にあった。
オペラハウス ( War Memorial Opera House)はサンフランシスコ講和条約の調印式が行われた場所。
1951年9月8日、当時首相だった吉田茂他全権委員5名がサンフランシスコのWar Memorial Opera Houseで連合国諸国と講和条約に署名をしました。
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次は「アラモスクエア」。
サンフランシスコの代表的な風景の一つ、アラモスクエアから望むビクトリアンハウスの並び。この家は”シックスシスターズ”(六人姉妹)というニックネームがつけられている。
ここの風景は、映画、ドラマなどの撮影でもよく使われている。 
サンフランシスコが舞台のドラマ”フルハウス”のオープニングのシーンでも映るそうだ。
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サンフランシスコで有名な「ゲイ」の街を通る。
ネットによると
”第二次世界大戦中、サンフランシスコは太平洋戦線の最重要拠点。
海軍造船所がフル活動で軍艦や銃弾を生産し、また太平洋の島々に兵たちを送る乗船港でありました。
若い独身男性がたくさん集まり同性愛に目覚める者が大量に現れると同時に、
戦時中に同性愛という理由で除隊させられた者が、不名誉すぎて郷里に帰れずにサンフランシスコに留まり、同じ境遇にある同性愛者とコミュニティを作るようになりました。
彼らはどうせ故郷に帰っても居場所がないと言って、新天地サンフランシスコで恋人や仲間たちと共に新たな人生を切り開いていこうとしたのでした。”
との事。
レインボーの旗がその印だそうです。
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横断歩道までがレインボー。
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次は「ツインピークス」
サンフランシスコ市の中心地にあり、市街を一望できる観光スポット。
その名のとおり、南と北の2つのピークをもつなだらかな丘で、標高は約300メートル。
丘の上からは、整然と並ぶ家並みやこんもりと茂る緑の公園など、街の様子が見渡せる。
彼方には、太平洋やサンフランシスコ湾、ゴールデンゲートブリッジやアルカトラス島、対岸の街までも見える。
この日は霧も無く良く景色が見えた。
「ラッキー!」
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町の真ん中に一番の繁華街「マーケットストリート」がはっきり見えた。
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次は、サンフランシスコのシンボル「金門橋」
サンフランシスコと言えば必ず出てくる世界的に有名なゴールデンゲートブリッジ。
1846年にジョンCフリーモントによってGOLDEN GATEと名づけられたこの海峡にかかる橋ということで橋の色が金色ではないというのは有名な話。
1937年に完成されたこの橋は全長2737m、2本の支柱の高さはそれぞれ227m、支柱間は1280m、橋の中央の高さは水面67mあり、橋の下をくぐり抜けられない船はないほどだ。
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人気のメインケーブル断面。
平行に走る27,572本のワイヤーがわかります。
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(次ブログへ続く)