OLAFの諏訪大社「御柱祭」ツアー⑤(’16年4月4日 御柱祭り、上下諏訪大社、高島城)

(前ブログからの続き)

木落しを見たので上社、下社の参拝に出かけた。
もうすっかり、雨は上がって晴れ間も出てきた。
ラッキー!

初めは上社の方から。
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境内の地図。
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入口の鳥居。
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入って直ぐに温泉の手水舎が有った。
手水舍から出ているのは神様も浸かっていらっしゃる温泉で、「明神湯」と名付けられています。
温泉が豊富なのだ。
暖かい。
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本宮一之御柱。
滑り降りた面はツルツルになっていた。
この御柱は、四隅に合計4本立っており、それぞれ一の柱から四の柱と呼ばれています。
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塀重門。
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一之柱の奥に四之柱が立っていた。
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先程見てきた木落しの柱が新しいこの柱になるのだ。
不思議な感じがする。

拝殿。
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神餞所。
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参拝所。
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神楽殿には引き綱の男綱、女綱が奉納してあった。
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三之柱。
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雷電為右衛門の銅像。
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記紀神話が伝えるところでは、天照大神の孫、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の降臨に先立ち、武甕槌命(たけみかづちのみこと)が、出雲を支配していた大国主命に国譲り、つまり出雲王朝の支配権を譲渡するように迫ったといいます。
これに対して、大国主の長男である建御名方命が、国譲りに反対し、武甕槌命と力比べをしたが負けてしまいました。
そこで建御名方命は諏訪まで逃れ、その地で王国を築いたといいます。
諏訪大社の起源は、この神話にあるといわれていますし、この力比べが後の「相撲」となったともいわれています。
254勝10敗2分という通算成績を誇り、大相撲史上最強の力士と言われている江戸時代の力士、雷電為右衛門の像があるのももしかしたら関係あるのかもしれない。

次は下社だ。
(次ブログへ続く)