OLAFの四国旅行④(’15年11月19日~21日 最終日 内子町)

(前ブログからの続き)
四万十川遊覧を終え、内子へ向かいます。
空港へ向かう途中にある街です。


宇和島を通って行きます。
リアス式海岸による深い入江が、海面を穏やかに保つ宇和海。
そこには、真珠養殖地として最も恵まれた自然環境があります。
伊勢志摩が真珠養殖の本場だと思っていたが此処にもあった。
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宇和島城が見えた。
現在の地に初めて天守が建造されたのは慶長6年(1601)藤堂高虎(とうどうたかとら)築城のときとされています。
城の外郭は上から見ると不等辺5角形をしており、随所に築城の名手と言われた高虎ならではの工夫が見受けられます。
高虎が今治に転封となってのち、奥州仙台藩主、伊達政宗の長子秀宗が宇和郡10万石を賜り、元和元年(1615)に入城。2代宗利の時、天守以下城郭の大修理を行い、寛文11年(1671)に完成。その姿を現在に残しています。
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宇和島レストランで休憩です。
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宇和島は、闘牛で有名です。
最も盛んだったのが大正末期から昭和初期で、宇和島近辺の村々の山合いには必ず小さい闘牛場があり、農閑期やお祭りには盛大に開催されていました。
牛の飾りがありました。
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最後のイベント内子町(うちこちょう)散策です。
古くから交通の要所で、木鑞(もくろう)の町として栄えました。
江戸時代から明治にかけて建てられた商家、民家、土蔵が軒を連ねる「八日市・護国(ようかいち・ごこく)の町並み」は有名。かつての豪商屋敷「上芳我邸(かみはがてい)」も見学できます。
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凄い造りでした。
この壁は、地元の土で塗られたもの。
白漆喰と黄土が織りなすコントラストは、独特の温かい風景をつくり出しています。
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内子町は江戸時代後期から明治時代にかけて『和紙と木蝋(もくろう)』で栄えた町です。
かつては日本国内はもとより、世界においてもその品質を高く評価され、町に繁栄をもたらした内子の木蝋。
大森和蠟燭屋は江戸時代からの手法を継承し、手作り和ろうそくの伝統を守り続けている県下で一軒の和ろうそく屋です。
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こんな懐かしい家も有りました。
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大正5年(1916年)に大正天皇の即位を祝い創建された内子座。
木造2階建ての瓦葺き入母屋作り、純和風様式の本格的な芝居小屋として建設されました。回り舞台や花道、桝席、楽屋などがあり当時の建築技術の粋が集められた建造物です。
近年、老朽化のため取り壊されるところ、地元住民の熱意により改修が決定。
昭和60年(1985年)に復原工事が完了し、芝居小屋として再出発を果たしました。
今では、町内外の芸術文化活動の拠点として活用されています。

しかし残念なことに当日は高校生の弁論大会が行われていて内部に入ることは出来なかった。
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松山空港から定刻通り出発し羽田に帰ってきた。
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短かった四国旅行も終了。
今回は、道後温泉や金比羅さんは行かずに高知を中心とした南半分が主体だった。
これもまた良し。