OLAFの九州世界遺産登録地 6つの構成資産巡り④(’15年9月8日~10日)


(前ブログからの続き。)
今日も九州は晴天。
関東の大雨は鬼怒川の堤防決壊と言う惨事を起こしていた。
堤防が決壊して水が流れ込み、民家が流されていく。
屋根に上がって助けを待つ人たちの姿は東日本の津波惨事の絵を思い起こす。
東京も雨が続いていると言う。
今日はツアー最終日。
有明海をフェリーで渡って、『三池炭鉱万田坑』を見て『柳川』で掘割巡りをして佐賀空港から羽田へ戻ってくる。


雲仙温泉の”ホテル東洋館”を出発。
フェリー乗り場の長崎側の多比良港へ。
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そこから熊本県側の長洲港へ40分のフェリーの旅。
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そこから『三池炭鉱 万田抗』へ。
三井三池炭鉱(みついみいけたんこう)は、福岡県大牟田市・三池郡高田町(現・みやま市)及び熊本県荒尾市に坑口を持っていた炭鉱である。
江戸時代から採掘が行われてきたが、1889年、三井財閥に払下げられた。
万田坑は、三池炭鉱の主要坑口の一つで、明治35年(1902年)から出炭が開始され昭和26年(1951年)に閉坑となりました。
閉坑後も平成9年(1997年)まで揚水や坑内管理のため施設が維持されていたことなどから、日本の近代化に大きな役割を果たした。
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万田坑ステーション。
万田坑は入坑料が必要ですが、万田坑ステーションは無料の施設で、昭和14年頃の万田坑施設全体を復元した模型や万田坑に関する資料が展示されていました。
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桜町トンネル。
昭和8年頃設置されました。
荒尾市側から万田駅を利用でき、大牟田市側から万田坑、倉掛商店街等の施設を利用できるように設けられたといわれています。
数年前まで使われていましたが、現在は安全性確保のため、閉鎖されています。
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万田坑 第二竪坑巻揚機室と第二竪坑櫓。
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煙突と汽罐場跡。
煙突の基礎と汽罐場の小さな煉瓦造の壁が残っています。
汽罐場は石炭を燃やして蒸気を発生させ、万田坑の各施設へ供給していました。
現存する壁は、明治期のもの。建物と並行して2本の煉瓦造の煙突がそびえていました。
全盛期(昭和初期まで)は、汽罐場が3棟あり、煙突も5本ありました。
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第二竪坑。
赤煉瓦が印象的です。
櫓は明治41年完成、高さは18.8m。
巻揚機室は明治42年完成、煉瓦造2階建てとなっています。
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三池炭鉱専用鉄道敷跡。
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坑夫達が乗った25人乗りの窮屈な籠。
地底へ降りて石炭掘りの仕事へ向かった。
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巻揚機室。
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巻揚機。
オペレーションデスク。
上げ下げは金を何回鳴らすか等で合図をしていたそうだ。
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初めは蒸気で回転させていたそうだ。
最後の方は電気での回転に変わったそうだ。
坑夫達を地下270mの電灯だけの暗闇の中へわずか1分で送り込み、地の底から1分で明るい地上へ引き戻す巨大な巻揚機。
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補修機械なども保管されていた。
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山の神の石祠.
第二竪坑巻揚機室の北側にある石の祠は、万田坑のヤマの神。
炭坑夫達はヤマの神に安全と無事を祈って、深い深い地の底へと降りて行った。
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ポンプ室、倉庫。
坑内排水用のポンプが置かれていました。現在も地下に灌漑用水槽があります。
全盛期(明治38年~大正3年頃)、ここは坑内の換気を行う巨大な扇風機が置かれていました。
現在も扇風機の痕跡やレンガ造りの排気用煙突が残っています。
現在38年完成の建物で最も古い建物の1つです。
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安全燈室。
万田坑の建物の中でも最も古いものの一つで、用途の変更が頻繁に行われています。
昭和26年の閉坑後、三池炭鉱の坑内管理のため安全燈室として使用されました。
浴室。
ここでススを洗い流しました。
排水設備は24時間連続運転をされていました。
彼らの浴室として使われていました。
全盛期の大規模な浴室と比べるとかなり小さいが、当時の様子は想像できます。
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第二竪坑坑口。
明治41年完成。人員昇降および排水、排気の用途として利用され、石炭は揚げていません。昭和26年閉坑以降は、三池炭鉱坑内の維持管理用として平成9年閉山時まで使用されていました。
竪坑深さは約274mありましたが、閉山時に選炭場の土砂により埋め立てられました。
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レールの上にポツンと残る炭がん。
炭がんは石炭を運搬する炭車のことです。
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ケージ。
地底への乗り物。
25人乗りでかなりきゅうくつです。
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第二竪坑坑口。
ここから坑内に降ります。
誰もがたたずみ、見入ってしまいます。
明治41年完成。人員昇降および排水、排気の用途として利用され、石炭は揚げていません。昭和26年閉坑以降は、三池炭鉱坑内の維持管理用として平成9年閉山時まで使用されていました。
竪坑深さは約274mありました。
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巻き上げ機の操作室。
人の命を預かる操作がここで行われていました。
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これで構成遺産はすべて見終わった。
石炭、鉄鋼、造船が工業化の3大要素だと言う事が良く分った。
後は柳川で掘割巡りをして、ランチを食べて帰る。
(次ブログへ続く。)