OLAF in ロスアンジェルス(’14年8月5日② リトル東京 )

朝食もろくに食べないで,LA行の飛行機に乗り込んでしまったので、ホテルに入ってからすぐに食事に出かけた。
リトル東京に食べる所が有るという。
早速行って見た。


リトル東京はネットによると
”19世紀末に数万人の日本人がこの地に移住。
リトルトーキョーの基となったのは日本人漁民だった「チャールズ・カメ」こと茂田濱之助と云う人物が日本食店「カメ・レストラン」を開店。ここから日本人移民がこのエリアに移住して来たと云われる。
学校、教会等、当時の日本人の必要とされている物品等を売っている店舗等が徐々に増えていった。
現在のリトルトーキョー、小東京と呼ばれる様になったのは20年後の1905年頃と云われている。
20世紀に入り移民が急増したことにより、1930年代には35,000人もの日本人がロサンゼルスに移住、その多くはここに居住していた。
1941年12月に日米間で開戦されると、人種差別を背景にした政令が施行されたために全米の日系人は強制収容され、資産も没収されたためにリトル・トーキョーに日本人の姿を見る事はなくなり、代わりにアフリカ系アメリカ人の姿が目立つ様になる。

第二次世界大戦後の1940年代後半には、リトル・トーキョー周辺には数多くの日本人、日系人が定住、映画館も「ラブレア東宝」、「富士館」等5軒程あり、日活、東映、東宝、松竹等、日本のメジャー各社が劇場を運営、こうした邦画専門館は「日本とアメリカのへその緒」とも云われ、遠い祖国へ想いを馳せる日系人の憩いの場となった。
1960年代には、寿司カウンターを備えた日本食レストランが誕生、アメリカにおける寿司文化発祥の地ともされる。”
こんな歴史の街の様だ。

ホテルの向かい側にも沢山のレストランが有るが、同じ並びの店を覗いて見る事にした。
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”日本村プラザ”の看板。
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日本を象徴する様な”火の見櫓”のアートが目を引く。
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苦労した移民の人達の当時の写真を残している看板。
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内部にはレストランやお土産屋がにぎわっていた。
七夕飾りが日本を連想させる。
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ラーメン店の看板だが色々置いてあるようだ。
此処に入ってみた。
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日本的に「いらっしゃいませ!」の挨拶。
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せっかくのカリフォルニアなので、本場のカリフォルニア・ロールを食べてみることにした。
後は、ビールのお摘みにカツと天ぷらの定食を注文。
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ビールを飲んで食事もして一息ついた所で、少しブラブラしてみた。
日本の100円ショップみたいな店もある。
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ファッションの店。
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”にじや”
アラモアナCにもある日本食のスーパーマーケットもあった。
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”高野山米国別院”のお寺もすぐ傍に有った。
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ロスアンジェルスの第一目はこの様にして終了した。
ハワイからは日本からくる半分の時間で来られる。

ロスアンジェルスの気候はハワイよりカラッとしていて気持ち良い。
温度もハワイより低い。

良い街だ。
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