OLAFの厳島神社・萩・津和野旅行(’12年11月1日 秋の宮島、厳島神社ナイトクルーズ)

紅葉には少し早いが、「安芸の宮島・厳島神社ナイトクルージングと萩・津和野・錦帯橋3日間」のツアーに参加した。
錦帯橋以外は行った事があるが、”厳島神社ナイトクルージング”に、魅力を感じ行ってみることにした。


11月1日
新幹線で東京駅から広島まで移動。
10時に東京駅出発。
午後2時過ぎに広島駅到着。
4時間だ。
羽田から広島空港へ飛行機で行っても広島市内への移動が1時間程度かかるのでさほど移動時間には差は無いか。
昔の様に海の側に広島空港があれば絶対に時間は短かったが・・・

広島駅から宮島口へ。
此処から船で安芸の宮島へ渡る。

ガイド本によると
”安芸の宮島と呼ばれる島、厳島は宮島と呼ばれ古代より神の島として尊拝されてきたました。
厳島は江戸時代安芸の宮島として日本三景のひとつとして多くの人に知られ発展しました。
現在の神殿の最初は1168年ごろ平清盛が造りました。
海に浮かぶ本殿、拝殿、回廊は世界に比類ない平安時代の日本神殿建築の美を今に伝えています。
現在は世界遺産にも登録され多くの人をひきつけています。”
と言う事だそうだ。

(前回来た時の秋の宮島)
http://olaf-mama.at.webry.info/200807/article_32.html

前回は’08年だったから4年ぶりだ。
JRのフェリーで渡る。
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船からは牡蛎筏が良く見える。
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厳島神社の鳥居が大きくなってきた。
前回は干潮で鳥居が砂浜に立っていたが、今回は未だ海の中だが、もうすぐ干潮になるのでまた海の中ではなく砂浜に立つ姿になってしまうだろう。
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神社へ歩いていくと相変わらずシカがウロウロ。
角が切られているので何か物足りない。
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神社の側まで来ると干潮で鳥居がいよいよ砂浜に立つ姿に。
観光客が砂浜を歩いて鳥居の側に行っているのが見える。
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いよいよ厳島神社参拝。
修学旅行の学生さんや年寄観光客が多い、
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千畳閣の隣に建つ五重塔は、和様と唐様を巧みに調和させた建築様式で、桧皮葺の屋根と朱塗りの柱や垂木のコントラストが美しい塔。
高さは27.6m。応永14年(1407年)に建立されたものと伝えられている。
内部は完全な唐様で、一般の見学はできませんが、内陣天井に龍、外陣天井には葡萄唐草、来迎壁の表には蓮池、裏には白衣観音像などが極彩色で描かれている。
塔内にあった仏像は、明治元年の神仏分離令により、大願寺に遷された。
またこの五重塔が建つ塔の岡は、厳島合戦で陶軍が陣を構えたと伝えられています。
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海水はまるで無い。
今回は此処が海になっている姿を見たかったのに残念!
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砂浜に立つ大鳥居。
本社火焼前(ひたさき)より88間の海面にそびえる朱塗りの大鳥居は、奈良の大仏とほぼ同じ高さの16m、重量は約60t。
主柱は樹齢500~600年のクスノキの自然木で作られており、8代目にあたる現在の鳥居を建立するにあたっては、巨木探しに20年近い歳月を要したと言われいる。
また根元は海底に埋められているわけではなく、松材の杭を打って地盤を強化し、箱型の島木の中に石を詰めて加重するなど、先人の知恵と工夫によって鳥居の重みだけで立っている。
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高舞台。
本社祓殿前にある、黒漆塗りの基壇に朱塗りの高欄をめぐらし前後に階段をつけた舞台で、平清盛が大阪・四天王寺から移したという舞楽がここで演じられる。
舞楽の舞台としては最小のもの。
現在の舞台は天文15年(1546年)、棚守房顕によって作られたもので、当初は組立て式だったものが江戸時代初期に現在のような作り付け構造になったと考えられている。
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能舞台。
国内でも唯一の海に浮かぶ能舞台。
現在、重要文化財に指定されている国内5つの能舞台のうちの1つでもある。
厳島での演能は、永禄11年(1568年)の観世太夫の来演がその始まりとされ、慶長10年(1605年)には福島正則が常設の能舞台を寄進。
現在の舞台と橋掛及び楽屋が建立されたのは藩主が浅野氏に代わった延宝8年(1680年)とのこと。
この能舞台は海上にあるため通常は能舞台の床下に置かれる共鳴用の甕(かめ)がなく、足拍子の響きをよくするため舞台の床が一枚の板のようになっているのが特徴。
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反橋。
かつては重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから別名・勅使橋(ちょくしばし)とも呼ばれた。
現在の橋は、弘治3年(1557年)に毛利元就・隆元父子によって再建されたもので、擬宝珠の一つに刻銘が残っている。
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今回は時間があったので砂浜を歩いて鳥居まで行く事にした。
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大きい!
圧倒される。
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通常、海水につかっているところには藤壺が付いていた。
そこに、5円玉、1円玉等が挟み込まれていた。
早速真似をしてやってみる。
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鳥居の方から嚴島神社を眺める。
めったに見られない風景だ。
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お土産屋さんを眺めてみる。
それほど珍しい物は無いようだ。
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「めしとりしゃもじ」は宮島が発祥の地といわれている。
しゃもじは、は江戸寛政期(1789~1801)の僧・誓信(せいしん)が厳島弁財天の持仏琵琶の形をもとに土産物として制作したのが初めと伝えられます。
縁起物としてしゃもじが売れ始めると、しゃもじ制作を中心として多くの人々が集まり問屋が出来、しゃもじ作りは宮島の産業として定着した。
明治に入り、日清・日露戦争の間には「敵を召し捕る=飯とる」縁起物として有名になったそうだ。
大きなしゃもじ、
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夕食は”牡蛎ずくし”
参道の「牡蛎屋」で食べる。
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最初に焼きガキが出される。
美味だ。
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「かきめし」「カキフライ」「牡蠣のオイル漬け」「牡蠣入り赤出し」。
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食事の後は、”厳島神社ナイトクルージング”。
船に乗り込む。
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他にもクルーズ船が走っていた。
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ライトアップされた鳥居。
なかなかの見ものだ。
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これからグランドプリンスホテル広島で宿泊だ。
新幹線の移動が大変だったが、久し振りの広島だった。