OLAF紅葉の京都旅 (’11年12月7日 大原の寂光院・三千院・宝泉院)

今日は大原へ行くことにした。
何回も行っているが、ゆったりした田舎の雰囲気が好きだ。
バスで一時間程度の小旅行。


朝の9時にホテルを出発。
都バスで大原へ。
高野川に沿って鯖街道と呼ばれた若狭街道を走ります。
京都市中から北へおよそ12キロ。
比叡山への入口である八瀬を通り抜け、山に挟まれた谷間の道を走ると、やがて比叡山麓の小さな盆地に辿り着きます。
のどかな田園風景が広がる大原です。
どこからか頭に柴をのせ、都まで行商に出かける大原女と出会いそうな錯覚にとらわれます。
初めに寂光院へ行くことにしました。
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途中の景色です。
まっすぐ伸びた北山杉と紅葉の対比が美しい。
来るたびに新しい発見があります。
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小さな滝に赤いもみじが映えます。
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大原温泉(大原の里)の前を通ります。

この温泉には日帰り温泉で遊びに来たことがあります。
五右衛門風呂などありました。

(その時の記録。)
http://olaf-mama.at.webry.info/200903/article_20.html

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傍のモミジが美しいです。
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2000年5月不慮の火災により、由緒あるご本堂が焼失し、本尊地蔵菩薩様も大きく焼損し5年後に元通りに復興したた寂光院をお参りした。

バス停まで戻り、三千院へ。
三千院への参道を呂川に沿って上っていくとしば漬け屋や雑貨の店が軒を連ねています。
参道の木々は紅葉に染まり、落葉を踏みしめて隠れ里を訪れた往時の人々への郷愁を誘います。
上り口からお土産屋さんが軒を連ねています。
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大原野の野菜が置かれていました。
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大原女の木製人形が置かれています。
椅子に赤い毛氈が敷かれていたので、並んで写真を撮りました。
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更にモミジの綺麗な山道を登っていきます。
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三千院の山門に着きました。
三千院は、比叡山延暦寺を開かれた伝教大師が、東塔南谷に草庵を開いたのに始まり、その後寺地は時代の流れの中で、京都市中を幾たびか移転しました。
元永元年(1118年)堀川天皇第二皇子・最雲法親王が梶井宮に入室され梨本の正統を継がれて以来、皇族出身者が住持する宮門跡となりました。
妙法院、青蓮院、曼殊院、毘沙門堂とともに天台宗五箇室門跡のひとつとして歴代の天台座主を輩出してきました。

以前、三千院の万灯会へ来ました。
夜のローソクに照らされた境内は神秘的でした。

(その時の記録です。)
http://olaf-mama.at.webry.info/200808/article_17.html

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聚碧園
客殿を介して初めに広がる庭園。
声明の音がしみ渡ったであろう自然の美に、江戸時代の茶人金森宗和が感動し、自らの手を加え、今日の清楚にして優美な庭が生まれました。
庭内の、永遠に満るがごとく清らかなる水を湛えた池の源は、音無しの滝より井でし清流、声明の音階より名を得た律川であります。
モミジが未だ美しく残っていました。
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往生極楽院
当三千院の歴史の源とも言える簡素な御堂。
平安時代に恵心僧都(源信)が父母のために、姉安養尼とともに建立したものと伝えられるこの堂内には、阿弥陀三尊が今も変わることなく永遠の大慈大悲の御心を私たちに与えて下さっています。
阿弥陀如来座像を中心に、向かって右に観世音菩薩・左に大勢至菩薩。
いずれも立像ではなく、お坐りになっている像です。
それは即ち、彼岸の極楽へ引導せんと来迎する阿弥陀如来と、それに随喜して往生者を迎えて(信者を蓮華座に乗せて)今まさに彼岸の彼方へ帰らんとする御姿なのであります。
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三千院のわらべ地蔵
真正面から見ていたのでは、わかりづらいのですが、手前のわらべ地蔵さんは、地面に腹ばいになっていて、頬づえをついて、足をバタバタしています。
奥に見える、2体のわらべ地蔵?
仲良く寄り添っています。
恋人同士?
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右手にあるお地蔵さん。
観ている方も、つい手を合わせてしまいたくなります。
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大原の石仏
あじさい苑内、律川のほとりに安置された鎌倉時代中期の石仏。
高さは2.25メートルの単弁の蓮華座上に結跏跌座(けっかふざ)する、定印阿弥陀如来で、おそらく「欣求浄土」(ごんぐじょうど)を願ったこの地の念仏行者たちによって作られたもので、往時の浄土信仰を物語る貴重な遺物です。
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傍にあったお地蔵様です。
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宝泉院へ来ました。
日本音楽の源流といわれる声明の発祥地、来迎院と並ぶ勝林院部の寺で、実光院とともに創建された。
本尊は阿弥陀如来で、ほかに観音菩薩、勢至菩薩などが祀られている。

前回も此処へお参りしました。

(記録)
http://olaf-mama.at.webry.info/201104/article_5.html

山門です。
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入り口のお地蔵様にお供えが指定ありました。
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入り口の池にモミジが浮かんでいました。
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囲炉裏の部屋
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そこから見える庭です。
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庭園は、書院を囲む、池の形が鶴、築山が亀、山茶花の古木を蓬莱山 とみた鶴亀庭園と客殿の西方を柱と柱の空間を額に見立てて鑑賞する額縁庭園、盤桓園(立ち去りがたい意)がある。
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伏見城中で自決した徳川の武将達の供養のため、自決の場の床を天井にした桃山城血天井
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お茶のサービスです。
ゆっくり庭を見られる配慮でしょう。
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宝楽園
宝泉院の隣に出来た枯山水の庭です。
造園の園冶庭園研究企画創作所の代表作品です。
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環状列石蹲い(つくばい)
古代先人仏舎利が表現されているそうです。
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宝泉院宝楽園は新聞で「太古の海のイメージ」「華やかさ魅力」「海感じる枯山水」と大きな評価を受けているそうです。
何回見ても飽きない庭です。
前回見た時より石に苔が生えて幽玄さがました感じです。

大原は魅力的な場所です。