OLAF in 春の京都 (’11年4月4日 大原寂光院 ・宝泉院・先斗町舞妓さん)

今日は昨日よりは少し暖かいが、それでも寒い。
桜は未だだろうが大原へ行く事にした。
あそこの宝泉院は好きなお寺でそこへ行く。
京都からは都バスで一時間弱の旅。
何回も行ったが今日も行ってこよう。


大原のバス停を降りて最初は寂光院へ。
田園風景の中を歩いて行く。
のんびりした気分だ。
京都とは思えない風景だ。
こちらも市内同様歩いている観光客はほとんど見かけない。
菜の花が咲いている菜の花畑。
「菜の花漬け」の材料になると言う。
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大原の温泉の前を通る。
以前ここの温泉に入りに来た事がある。
五右衛門風呂で面白かった。

(ブログ)

http://olaf-mama.at.webry.info/200903/article_20.html

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寂光院 へ到着。
天台宗の尼寺で聖徳太子が建立された。
本尊は太子作と伝えられる六万体地像尊であるが、2000年の火災で損傷し、現在は復元本尊が再建本尊に安置されている。
あれから、もう11年もたっているのか・・・
火災の後に来たが4年間程度は再築されていなかった。
清盛の息女建礼門院徳子(高倉皇后)が入寺し、終生をここで過ごされた。
本堂北側には回遊式四方正面庭園がある。石段の参道を覆い尽くす、また院内の楓、ここの紅葉もすばらしい。 
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此処を参拝し、三千院へ行く。
バス停を通り越し散策開始。
人はいない。
こんな空いている三千院への道は初めてだ。

’08年8月14日に三千院万灯会へ来た時は凄い人出。
それが懐かしい。

(ブログ)

http://olaf-mama.at.webry.info/200808/article_17.html

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懐かしい大原女の飾り。
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商売あがったりでは?
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三千院前のお土産屋さんも人通りは無いに等しい。
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今日は三千院参拝はパス。
もっと奥の宝泉院へ。
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入口には滝が配されミツマタの花が綺麗に咲いている。
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水盤に花が飾られていて心配りが素晴らしい。
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中には有名な「血天井」がある。

血痕があちらこちらに残る「血天井」である。
説明によると、慶長5年(1600)7月、伏見桃山城での出来事。
城の留守居をしていた鳥居元忠(もとただ)ら1800人は、小早川秀秋ら4万人の軍勢に攻め込まれ陥落、元忠は自刃したという。
徳川家康は城を留守にしていて難を逃れたが、忠義を尽くした元忠の志を仰ぎ見ることが最大の供養として、血痕の残る床板を、家康に縁のある京都の複数の寺に移している。
その一つが、この宝泉院の「血天井」。
慶長五年関ヶ原合戦前、徳川の忠臣・鳥居元忠以下数百名が豊臣の大軍と戦い伏見城 中で自刃した。
その武将達の霊をなぐさめ、自刃した床板を天井にして祀り、供養としている。
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このお寺の庭は「そうだ京都行こう!」の1099年夏バージョンで宣伝された庭だ。
一枚の絵の様に見える。
誰もいない部屋からこの庭が見えるのは初めての経験だ。
ゆっくり眺める事が出来た。
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お茶がふるまわれる。
薄茶が美味しい。
落ち着く。
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広縁そばの水琴窟があり、竹筒に耳を当てると澄んだ優しい音色が楽しめる。
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周りに珍しい陶板をあしらった炉のある部屋。
静かな語らいの場として親しまれている。
自然の山を活かした庭を背景に、滝の流れる水音に癒される空間である。
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宝楽園、枯山水の回遊式庭園に作庭されている。

宝楽園は平成17年3月に宝泉院境内南側の低地に新しく誕生した庭で、心の内なる広大な仏、神の世界を
岩組、樹花、白砂等をもって表わし美しく宝の如くそのままそこにある楽園の境を創作したものである。

園冶庭園研究企画創作所の代表山岸満多朗が全身全霊で取り組んだ庭だそうだ。
大変大きな評価で「太古の海のイメージ」「華やかさ魅力」「海感じる枯山水」と語られているそうだ。
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先斗町へ帰って来た。
途中の鴨川に面した公園に綺麗な桜が咲いていた。
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綺麗な舞妓さんが歩いていた。
写真を撮らせてもらった。
祇園界隈はこの様な出会いがあるから最高。
先斗町の歌舞練場のそばでもうじき鴨川をどりも始る。
頑張って下さい!
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大原から先斗町まで遊べた。
ホテルへ帰って、ゆっくりしよう。
桜は今一つは変わらないが好きな宝泉寺を楽しむ事が出来た。
こんなに空いている京都は初めてだが、ゆっくりしていて良い物だ!