OLAFの能楽鑑賞(’10年12月11日狂言:鬼継子(おにのままこ) 能:橋弁慶(はしべんけい))

11月9日の午前10時。
12月の国立能楽堂の予約が開始になる。
TEL、ネットで開始されるが、TELは一斉に予約のTELが入るのであろう、ビジィーで繋がらない。
昔のゴルフ場予約の様な状況だ。
ネットは有難いもので余裕を持って予約が出来た。
今まで、見に行きたかったが予約が出来ず諦めていた。
予約開始の日を忘れて予約が出来なかったが、12月は忘れずに予約が取れた。

今月は2回来る予定だが今日は普及公で
①演解説・能楽あんない 能のなかの牛若伝説  林望(作家・書誌学者)
②狂言 鬼継子(おにのままこ) 山本泰太郎(大蔵流)
③能  橋弁慶(はしべんけい)笛之巻(ふえのまき) 観世恭秀(観世流)
のプログラムだ。


11日。
12時半頃に国立能楽堂のあるJR千駄ヶ谷駅に到着。
駅から能楽堂に向かう途中の道路に黄色い葉が残ったイチョウの木が目に付く。
「秋も終わりだ!いよいよ冬だナ~~~~。」
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能楽堂到着。
前回は、7月に能「夕顔」と狂言「蚊相撲」を鑑賞した。
これが二回目だが歌舞伎とは違ったしっとりした雰囲気が好きになった。
今日も楽しみだ。
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ロビーは、開演を待つ人で一杯だ。
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前回は気がつかなかったが、記念スタンプの台が用意されていた。
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舞台は変わらない。
飾りも変わらない舞台で、色々な能が演じられる。
歌舞伎の様な大道具、回り舞台など無い。
研ぎ澄まされた伝統を感じさせられる。
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12月のプログラムを購入した。
いよいよ、解説が始まる。
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解説・能楽あんない「能のなかの牛若伝説」林望(作家・書誌学者)さんの話は面白かった。

「美男子と思われていた義経はそれほどでもなかったようで、平家物語では背が低く小柄で出っ歯の醜男と書かれ、また性格も梶原景時が義経の奇襲戦法の卑劣さ、身勝手さを頼朝に注進するほどで、戦法的にも問題はあったようだ。
例えば、壇ノ浦の戦で舟戦では船子に向かい矢を放つなど、当時はタブーとされていたことを平気で命令し勝利する、そんな傲慢な性格は幼少時代より持っていたのではないだろうか。
そういう気性の義経であれば、十五歳の千人斬りの願も、まんざらうそとも思えず、うなずける。
小学唱歌の方では、千本刀を集めようと刀狩りをする荒僧・弁慶が、あと一本で千本というときに牛若に出会い、打ち負かされ、これほど強い相手ならばと家来になり、主従関係を結ぶというものですが、能『橋弁慶』は、千人辻斬りをしている悪逆無道の牛若を、五条大橋辺りで成敗してやろうと、弁慶が出かけていくという立場が違う話になっています。」
は印象に残った。

最初は狂言鬼の継子だった。

子供(人形)を抱いた女が実家へ行く途中、鬼が現われます。鬼は、女の夫が地獄に落ちたことを伝え、天国にやってほしければ自分の妻になるように女にいいます。
女は渋々承知し、鬼の住処の地獄に行く前の身支度をする間に子守をするように鬼にいいます。
子守をしたことのない鬼でしたが、なんとか子供をあやし子供を寝かせますが、あらためて子供をみると、うまそうに見えるので子供を食べようとします。
女はあわてて子供を抱いて逃げて行く狂言です。

鬼の子供をあやす姿などが面白く単純に楽しめた。

その後、20分の休憩時間です。
20分しかないのに、喫茶室は満員の様だ。
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売店に行ってみる。
ミニチュアの能衣装が面白い。
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中庭に出てみる。
此処も紅葉が終わりになっている。
最後の紅朽葉が美しい。
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次は能、橋弁慶(はしべんけい)笛之巻(ふえのまき)だ。
これは、観世流独特の筋書きだ。

通常の前場と様相がガラリと変わり、前シテが常磐御前、ワキが羽田秋長となり、ワキが牛若の千人斬りを常磐御前に伝えます。
常磐御前は牛若を呼び、涙を流して悲しみ、弘法大師伝来の笛を渡して牛若を諭します。
牛若は母の仰せに従い、明日にも寺へ登って学問に励むと約束して、今宵ばかりは名残の月を眺めて来ると出かけます。
しかし実際には五条で月を見ると言いながらも、謡では「通る人をぞ待ちにける」と、最後の相手を待ち望んでもいるようで、後場の弁慶との出会いにつながっていくわけです。
これが重い母の仰せです。

中入は、二人の間狂言が現れて、五条の橋に夜な夜な幼いものが現れて、通りがかりのものを切りつけるという話をする。
二人はあまりの恐ろしさに、早々に逃げ去っていく。
と言うものです。

最後は、牛若が橋の上で待ち構えているところに弁慶が登場する。
僧兵姿で大薙刀をもち、いかにも戦に出かけてきたことを思わせる。
ふたりは出会いのやり取りをした後で、いよいよ戦い始める。
弁慶が大薙刀を振り回し、牛若がひらりひらりと交わすさまは、通常の伝説の内容と異なるところはない。
そして勝利するのがシテの弁慶ではなく、子方の牛若である点も、通常の伝説と同じである。
弁慶は牛若にさんざんなぶられてついに降参、牛若の従者になることを願い出て、二人は固い絆で結ばれる。
能の切り合いを始めて見たが、なかなか優雅で趣のあるものだった。

橋弁慶を見ていて、祇園祭を思い出した。
「橋弁慶山」が組み立てられ、披露され、巡行するシーンが懐かしい。


(祇園祭のブログ)

http://olaf-mama.at.webry.info/200807/article_15.html

http://olaf-mama.at.webry.info/200807/article_24.html


山矛建て。
町内の人達によって橋弁慶山が組み立てられていく。
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宵宮で披露される。
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宵宮に各町会を歩き回り、御集印帳に印を押してもらう。
橋弁慶町で橋弁慶山の印を押して頂く。
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巡行当日。
暑い日の道端の観覧席で眺めた。
橋の欄干を飛び回る牛若丸。
長刀で切りかかる弁慶。
宵宮で並んでいる姿とはまるで異なる。
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京都の今の五条橋はこの頃の場所とは違うようだが、そこを舞台にした能があり、今でもその歴史を引き継ぐ祇園祭がある等、京都の歴史の厚みをますます感じるようになった。
次回の京都ステイでは、この辺も楽しんで来よう。

能が益々楽しくなってきた。
また、見に来よう!!