OLAF’S Diary in 京都 (’10/4/2 京都御所見学)

今日は、京都御所見学の日。
京都へ来る前に、京都御所を見学する手続きをしておいた。
宮内庁のHPに参加申し込みページが出来ており、そこから手続きをした。
例年だと、気が付いた時には参加者多数で申し込みすらできない状態だったが、今回は何とか滑り込めた。
午後1時半から見学のグループ。
初めての御所見学。
今までは外側からしか見ることが出来なかったが、今日は中に入れる。
楽しみだ!


雨は何とか上がっている。
未だ、寒い日が続いている。
バスで”同志社前”で降り、”今出川御門”から京都御苑に入る。

入ると山桜越しに御所の朔平門が見える。
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「桜の御所」と言われる近衛家の邸宅周辺にある早咲きの糸桜(しだれ桜)が満開になっていた。
枝垂れ桜、山桜、八重紅枝垂桜等120本に花が咲きほこっている。
見事な桜だ。
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清所門から御所に入るのだが、その前の”清所門の桜”も見事に咲いている。
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受付をして御所内の待合室で参加者が揃うのを待つ。
かなり大人数。
待合室にはお土産コーナーがあって、菊の御門入りのお土産が売られていた。
かなりお安い物もあるが、菊の御門入りのタオル・ハンカチ等使えるのかな~~~?
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入って直ぐの処に、宜秋門がある。
荘厳な御所内の建物の始りだ。
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御車寄(おくるまよせ)
昇殿を許された者が正式に参内するときの玄関だそうだ。
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諸大夫の間(しょだいぶのま)
正式に参内した者の控えの間。
身分の上下によって異なった部屋に控えたそうだ。
”鶴の間””桜の間”
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新御車寄(しんみくるまよせ)
大正以後の天皇皇后両陛下の玄関だそうだ。
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月華門
紫宸殿を囲んでいる塀の西側にある。
左近の桜が見える。
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承明門
朱色の門の向こうに見えるのは紫宸殿。
庭の白い砂に、右近の橘、左近の桜が見事に映えている。

紫宸殿(ししんでん)は、入母屋桧皮葺の高床式宮殿建築。
歴代天皇の即位式が行われた。
総檜の寝殿造建築で内部は板敷き。現在の建物は幕末に平安時代の姿を復元したもの。
殿内には間仕切りがなく、大広間となっている。
床が高く作られているのは、社殿の重要さを表す。
正面の階段の東に左近の桜、西に右近の橘がある。
南庭に白砂を敷き、周囲に朱塗りの回廊をめぐらす。
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建礼門
御所の正門入口で南側に位置している。
素木、切妻造、桧皮葺(ひわだぶき)、柱間1間の四脚門である。
開門されるのは天皇や国賓の来場や一般公開など、特別な行事の時のみである。
左右の築地塀(ついじべい)には5本の筋(水平の線)が入っているが、これも塀として最高の格式を示すものである。
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建春門
御所の南東に位置している。
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春興殿
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清涼殿
紫宸殿の背後西側にあり、東を正面とした建物。
入母屋造、桧皮葺の寝殿造の建物で、建具に蔀戸(しとみど)を使う点などは紫宸殿と共通する。
本来は天皇の居所兼執務所であったが、天皇が常御殿に居住するようになってからは、清涼殿も儀式の場として使われるようになっている。
本来、居住の場であった名残で、建物内は紫宸殿よりは細かく仕切られている。
中央の母屋には天皇の休憩所である御帳台(みちょうだい)がある。
その手前(東側)には2枚の畳を敷いた「昼御座」(ひのおまし)がある。
ここは天皇の公式の執務場所である。
母屋の北側(建物正面から見て右側)には四方を壁で囲われた「夜御殿」(よんのおとど)がある。
この他に西側(裏側)には鬼の間、台盤所(だいばんどころ)、朝餉の間(あさがれいのま)、御手水の間(おちょうずのま)、御湯殿があり、南側には殿上の間がある。
これらの部屋の障壁画は宮廷絵師の土佐派が担当している。
また、建物正面の庭には「漢竹」(かわたけ)、「呉竹」(くれたけ)が植えられている。
間仕切りは絵襖[えぶすま・鳥居障子(とりいしょうじ)]で、書院造への接近が見られる。
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小御所(こごしょ)
皇太子の元服などの儀式に用いられ、将軍や諸侯と対面される場所などにも使用された。
江戸時代の建物を模して昭和34年に再建。
寝殿造と書院造の中間のような建物で、内部は畳敷きだが、床の間や飾り棚は設けられていないところに特色がある。
寝殿造りから書院造りへ移行する時期の建築様式。
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御池庭
御所の南側に位置する。
欅橋(けやきばし)が架かっている。
御内庭は曲折した遣り水を流し、土橋や石橋を掛けた趣向を凝らした庭で奥に茶室があります。
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蹴鞠の庭
源氏物語を彷彿とさせる庭。
こんな所で蹴鞠をやっていたのだと思うとジーンとする。
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御学問所(おがくもんしょ)
小御所と同じく外観が寝殿造で内部は書院造。
学問だけでなく、親王宣下、月次(つきなみ)の和歌の会などにも使われた。
床や棚のほか明かり障子や押入れもあり、小御所以上に書院造に近い。
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御内庭
御所の北東に位置している。
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御常御殿
室町時代以降、天皇が日常のお住まいとして使用された御殿。
入母屋桧皮葺の書院造り。
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御三間
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まだまだ、北側に色々な御殿があるようだが、見学はこの範囲となっているようだ。

これで、見学終了。
出口の処に咲いていた桜。
皆さんここで記念写真を撮っていた。
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天皇陛下は最近までここに住まわれていた。
東京の皇居に動かれたのは明治になってからだ。
しかも、徳川が使っていた江戸城にだ。
京都のこの様な素晴らしい御所の方が昭和天皇におかれても似合うような気がする。
京都の歴史を知ると、どんどんそう言った思いが強くなってくる。
もう一度京都に住んでいただいた方が幸せなのではないだろうか・・・
そう思うのは、OLAFだけでしょうか?