OLAF’S Diary in 京都 (’10/4/6 都をどり見物 )

昨年は、”都をどり”のチケットを京都で買おうと思ったが、旅行会社のデスクで「当日券が有るかどうか朝並んで見ないと分からない。」と言われ断念した。
今年は東京にいるうちに手当てした。
これが面倒くさい手続きで”TELで予約し、郵便振り込みの案内をもらい、振り込むと当日の入場券と引き換え券を郵送してくれる。”というものだ。
従って東京にいる間にしておく以外購入の手段はない。
本日の2回目公演、午後2時開幕となっている。


今日は数日前までと違い暑いくらいの日だ。
ようやく春らしい天候になった。
もう、コートはいらない。

京都は”をどり””おどり”のシーズン到来。
祇園甲部「都をどり」、上七軒「北野をどり」、先斗町「鴨川をどり」、何故か宮川町「京おどり」だけ”おどり”で”お”が使われている。
他の四花街は「をどり」何故なんだろう?

ネットで調べてみた。
「をどり」の説明としての有力説をご紹介しますと
①芸事だから未だ上達するには上があると謙虚さを込めて上につく「お」より下につく「を」を用いていると言う説。
②雌鳥羽(めんどりば)は左の羽で右の羽を覆って羽をたたむ習性があります。
行儀作法でも両掌を前で膝におく時は必ず左を上に右を下にして利き手をおさえて控えめをあらわす。
舞の時も胸の上で同様の所作をする。
従って右に出るものがいないという言葉があるように「まだまだ未熟どすけど」という意味を込めているなどです。

②の意味は良く分からないので、①の説信じるとしよう。


昼少し前に鴨川を渡って、花見小路に有る会場、祇園甲部歌舞練場へ行く。
鴨川の岸辺の桜も数日前と違い満開となっている。
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時間の余裕もあったので、建仁寺の庭をブラブラしてみる。
桜は満開。
それほど本数はないが、本堂の周りが綺麗だ。
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12時半になったので昼食を食べる事にする。
建仁寺の門から、花見小路へ。
花見小路都をどり一色になっている。
扇型の看板。
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夜見るとそこに明かりが入り、これまた都をどり一色だった。
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昼食は歌舞練場のまん前の「かわ富」で食べる。
赤い地に白抜きをした「つなぎ団子」の提灯にも都をどりの文字が書かれていた。
暖簾をくぐって中へ入る。
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桜が綺麗に飾られている。
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2階に案内される。
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お座敷にも、桜の花。
舞妓さんの絵。
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昼食は簡単に済ます。
筍ごはんが美味。
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開演時間の2時近くなったので、前の歌舞練場へ。
入場券と引き換える葉書を持って窓口へ。
入口付近は桜で綺麗だ。
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待合室で開場を待つ。
当日指定席でない3等席券の人は並んでいる。
外国人の姿が目立つ。
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開場。
整備された中庭の隣の廊下を通って会場へ。
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2階席だった。
2階席から舞台を見る。
歌舞伎座の舞台ほど大きくないが、立派な舞台だ。
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舞台上部に屋根型の飾り
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織り上げ天井で”つなぎ団子”の提灯が光っている。
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「都をどりはヨーイヤサァ」の掛け声で、両花道に芸舞妓24人が登場して幕開け。
今年の演題は「桜花訪京都歴史(はなにきくみやこのれきし)」全8景。
客席の右側には長唄や三味線の地方の芸子さんがずらりと並び、左側には鼓や太鼓などの囃子方が並んでいる。
その前に右にも左にも花道がある。
せり上げ等舞台装置もなかなかの物である。
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同じ着物の舞妓さん。
「総をどり」
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今年はNHK大河ドラマ「龍馬伝」にちなみ、幕末を題材にした場面も多い。
「和宮祇園社参」では、公家装束に身を包んだ芸舞妓が、都を離れ徳川家へ嫁ぐ和宮の憂いと覚悟を情感を込めておどる。
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「一力茶亭雪宵」
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「猩々(しょうじょう)」
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都をどりは井上流(いのうえりゅう)が取り仕切っている。
この井上流は、上方舞(かみがたまい)のうちの一つ、京舞とよばれる。
一昨年、この井上流のメンバーが皆集まって八坂神社にお参りをする”みやび会御千度”を見た。

その時のブログ

http://olaf-mama.at.webry.info/200807/article_5.html

祇園祭の間の暑い日に行われるが、お揃いの浴衣がとても良かった。
そのメンバーが今日も踊っていたんだろうな。