OLAF思い出のアルバム(’97年7月イタリア・ローマの旅)

昔の写真をスキャナーで読み込み、思い出のアルバムを作っておく。今回はイタリア・ローマ6日間の旅行の思い出の記録。イタリアは前回は’89年8月にヨーロッパ7ヶ国周遊16日間で主要観光地は行った事がある。それから、8年。前回は、神風旅行であったが、今回はローマにじっくりと滞在する。行った事の無い、フィレンツェへも行ってみたい。

成田空港から出発。

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(OLAFはイタリア旅行と言う事で、オシャレな洋服で出発。)

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(アリタリア航空の喫煙席。未だタバコが吸えたんだ・・・・)

直行便でローマ空港へ到着。さすがローマ。洒落た空港だった。

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早速ローマのジョリー・ホテルへ。

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一夜明けて、ローマ市内観光に出かける。
最初は、コロッセオ。
コロッセオ(円形競技場)は、紀元80年頃完成したとされています。
イエスキリストがなくなってから間もないころということになります。
この中で、剣闘士同士の命をかけた闘い、あるいは剣闘士とライオンの闘いなどが盛んに行われ、ローマ市民はそれらを見て熱狂したそうです。
円形競技場の外壁が一部剥ぎ取られて低くなっていますが、これは、後にキリスト教がローマの国教となってサンピエトロ寺院が建立されたとき、石材が不足したので円形競技場の外壁を一部を剥ぎ取って利用したのだそうです。

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感想は、『8年前に来たときと何も変わっていない。こちらが単に年を取っただけ!』と言うものでした。
この歴史的建物は紀元80年といわれているので、この歴史から見れば8年なんぞは一瞬の瞬き程度の時間経過なのではないか・・・・

次はサンピエトロ寺院です。ここも2回目でした。
まず「バティカン市国」ですが、これはローマ法王を国家元首とする独立国家で、実体はテヴェレ川の西、面積0.44平方キロメートルほどの区域です。
世界一小さい独立国家だそうで、人口は第264代法王ヨハネス・パウルス2世をはじめ813人ということです。
キリストの使徒ペテロが皇帝ネロの迫害を受けてローマで殉教しましたが、その墓の上に後に「サンピエトロ寺院」が建立され、カトリックの総本山になりました。使徒ペテロは、死後初代ローマ法王の座につきました。

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ペテロ像を背景に写真を撮りました。
寺院の内部には、寺院の主ともいうべき有名なペテロのブロンズ像があります。
ペテロはキリスト亡き後キリストの教えの普及に努めましたが、AD65年ごろローマの役人によって処刑されました。
天国の鍵を受け取ったとされるため、たいていのペテロ像は大きな鍵をもっています。
サンピエトロ寺院の壁際にあるこの像の前には、世界中のキリスト教徒が来て額づき祈りを捧げた後、像の足に接吻します。
そのため、この聖ペテロ像の足は次第に磨り減っているそうです。

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バチカン広場はバロック期を代表するベルニーニの設計だそうです。
17世紀に完成。
最大直径240メートルある楕円形の広場。
40万人入ることができる。140人の聖人の像に囲まれている。

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トレビの泉へ来ました。前回来た時は、工事中で水が入っていませんでしたが、今回はOK。
広い泉水は青い清らかな水が満ちており、そこに上の噴水から絶えることなく水が流れ落ちています。
ローマ市から数キロ離れたところにあるトレビ地区を水源とする「アグリッパの水道」(1762年に完成)により、良質の水が供給されているとのことです。
泉の向こうは「ポーリ候宮殿」の壁の一部だそうで、その全面にギリシャ神話の海神ネプチューンをテーマとする見事な彫刻が施されています。
海馬の引く貝殻に乗って、ネプチューンが凱旋門から出てくるという構図のようです。

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コインを後ろ向きに投げ入れると、またローマに戻って来られるとの言い伝えがあります。
OLAFもやってきました。

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暑かったので、街角の売店でミネラルウオーターを買いました。

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今夜は、カンツオーネを聞きながら夕食です。
前回来た時と同じ店だったのにはビックリ!!!
家族総出でやっている姿は前回と同じ。

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フィレンツェへ行ってきました。
観光案内では、フィレンツェ(Firenze)はイタリアのトスカーナ州フィレンツェ県に属する人口36万人の都市だそうです。
トスカーナ州の州都、フィレンツェ県の県庁所在地であり、近郊の人口は約20万人。
とても綺麗な大聖堂ドゥオモがある町として有名で何としても行ってみたい所でした。
プライベートツアーバスがホテルへピックアップにきましたので、それに乗ってフィレンツェに向かいました。
フィレンツェはローマの北250kmほどのところにあり、日帰り旅行にはちょっと辛いものがありました。

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朝食は、道路際にあるサービスステーションで。

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途中車窓からはひまわりの畑が見えました。一体何本あるのでしょう?
全体に黄色で日本では見られない光景です。

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フィレンツェの少し手前のミケランジェロ広場で フィレンツェ全体の眺めを楽し見ました。
市街地の高台にある丘の上にある広場で、周りにはオリーブ畑が広がり、フィレンツェのパノラマを楽しむことができました。
立っていたダビデ像はレプリカだそうです。

(街全体の地図です)

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ヴェッキオ橋が見えます。 アルノ川にかかるフィレンツェ最古の橋だそうです。
橋といっても両側には彫金細工店や宝石店がぎっしりと並び、道路からそのまま入ると、橋とは気づかないほどの趣だそうです。
第二次大戦末期のドイツ軍による爆破を免れたこの橋のこの回廊を、ヒトラーも、それに対抗するバルチザンも歩いたといわれているそうです。

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本日のハイライトです。
正式名称サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。花の聖母教会と呼ばれるドゥオモへ来ました。
ドゥオーモ(Duomo)はイタリア語で、イタリアでの街を代表する教会堂の事だそうです。
ラテン語のDomusが語源で、神の家を意味する。

この大聖堂ドゥオモのファサード(正面)は、ロマネスク=ゴシック「シェナ様式」の傑作と言われているそうです。
完成までに200年を要したという壮大な建築のようです。
堂内の床面は旧約聖書のさまざまな場面を描いたモザイクでで飾られているそうですが、今回は残念ながら時間の関係で入れませんでした。

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手前左に移っているのがジョットの鐘楼です。
ドゥオーモに並ぶようにそびえ立つ高さ84mのゴシック建築の傑作といわれるジョットの鐘楼。
着工当事に建築を担当したジョットであるが、第1層完成後で他界してしまい、その後、第2層をアンドレア・ピサーノ、第3から第5層をフランチェスコ・タレンティが引継ぎ1359年に完成したそうです。

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サン・ジョヴァンニ洗礼堂も傍に有ります。
洗礼堂とはドゥオーモ前にある八角形の建物で、町の守護精霊に捧げるために11~13世紀に建てられたそうです。
ドゥオーモができる前まで、聖堂として使われてしたそうで、ダンテもここで洗礼されたそうです。
この洗礼堂はロレンツォ・ギベルティによる東側の扉が特に有名であり、後にミケランジェロが「天国への門」と呼んで賞賛したことから主にこの名で呼ばれているそうです。
現在の扉はレプリカで、本物はドゥオーモ付属博物館に所蔵されているそうです。

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ウフィツィ美術館へ行って、ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」を見たかったのですが、残念ながら休館日と言う事で適いませんでした。
代わりに、アカデミア美術館で ミケランジェロの彫刻を見る事にしました。
何よりも有名なのが、ミケランジェロの「ダヴィデ像」です。
シニョーリア広場と、ミケランジェロ広場に置かれている「ダヴィデ像」はそのレプリカ で、フィレンツェ共和国の自由のシンボルとなっているそうです。
そのオリジナルを見れるのが、ここアカデミア美術館だった。
「ダヴィデ」は、 1501から1504年にかけてフィレンツェ市の依頼で制作されたもので、 ミケランジェロ26歳の時の作品だそうです。

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(入場券です)

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今日は地下鉄で買い物に出かけました。

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地下鉄の切符です。

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ローマの街角です。洒落ています。

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街角のオープン喫茶で、本場のカプチーノを飲みました。

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買い物風景。目が点になっているゾ!

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昼食は本場のピッサパイを、街角のレストランで食べました。
生地が薄く、パリパリしていて美味。
(シカゴピザとは大違い。)

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最後の夜はブランカッチョ宮殿でパーティが行われました。

この宮殿は、1880年代にエリザベート女王のために建てられた宮殿だそうです。
ローマの中心街 テルミニ駅から程近い立地とは信じ難い広大な敷地を抱え、女王エリザベートとサルバトーレ・ブランカッチョの住まいでした。
宮殿内の貴重なインテリアはメアリー・エリザベートの命によりローマ屈指の画家フランチェスコ・ゲイにより施されたものだそうです。

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この宮殿はオードリーヘップバーン出演の「ローマの休日」にも登場する世界的に有名な宮殿です。
オードリー ヘップバーン扮するアン王女の寝室として撮影に用いられたことでも有名です。
アン王女の寝室、滞在先の宮殿からトラックの荷台に隠れて抜け出すちょっとお転婆なアン王女が思い起こされます。

現在では、海外挙式の舞台として、日本人も使っているようです。

OLAFもその映画の一こまに使われた寝室の優雅な椅子でパチリ。
なかなかいいでしょ~~~~~~。

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アリタリア航空で日本へ帰ってきました。

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ローマを充分に楽しんだ旅でした。