OLAFの能楽鑑賞(’18年2月7日 狂言:無布施経 能:頼政)

今日久しぶりに国立能楽堂での2月定例公演を見てきました。
チョット前までは、良く行っていましたが最近はご無沙汰でした。


何時もと変わらない国立能楽堂、開演前の雰囲気。
プログラムを買い求める人の列も同じだ。
画像

画像

画像


初めの狂言は「無布施経」。
毎月檀家へ祈禱にきている僧が,読経を済ませて帰るとき,この日は、毎月出るはずの布施がない。
これが例になっては困ると思って,施主に謎をかけて布施を出させようとする。
引き返して来て、雑談や説法にかまけて、執拗に布施への暗示をくり返し,最後に、袈裟を落としたふりをして,自分の袈裟は、「ふせ縫い」になっていると言ったので,施主もようやく気がつき,布施を持ってくる。
ところが、今度は、僧の方がバツが悪くなって受け取ることが出来ないので、次で良いと断るのだが、施主が無理に胸元に布施を、さしこむと、隠していた無くした筈の袈裟がポロリと出て、僧は面目を失う。

「欲」とは仏教で一番の戒めとして教えられ、その「欲」から遠いところにあるべき僧侶が「欲」の無い姿をかたり、「欲」だらけの本心がバレてしまうところがこの狂言の面白さです。
画像


休憩時間。
中庭には春の感じがまだない。
画像


能は「頼政」です。

この能は‘15年の3月の定例公演で見た事がある能でした。
二回見ると良く解ります。

旅僧が、京都から奈良に向かう途中、宇治の里で一人の老人と会います。
老人は「ここは頼政が武運つたなく戦死したゆかりの地である」と教えます。
僧が合掌して回向すると、老人は喜び、ちょうど今日がその命日にあたり、自分こそその頼政の幽霊であると名乗って消え失せます。

宇治の里の人に、旅僧は頼政の挙兵の理由や宇治橋の合戦の模様を聞きます。
頼政は、治承4年夏、挙兵した時の様から説き起こし、宇治に陣を構えた模様を語ります。
しかし、敗色濃しと見た頼政は、平等院の芝の上に扇を打ち敷き、「埋れ木の 花咲くことも なかりしに 身のなる果ては 哀れなりけり」の辞世を詠じて自害します。
『平家物語』に取材した世阿弥作の修羅能です。(写真はネットより転載)

宇治、宇治川、平等院等の京都で聞きなれた地名が出てきました。
”平家に追われた頼政らは宇治川の橋板を外し、対岸で追手を待ち構えました。
平家方は田原の又太郎忠綱が先陣として、宇治川に馬を乗り入れて対岸に攻め込み、合戦となります。
頼政の息子二人も討たれてしまい、ついに頼政は平等院の庭の芝に扇を敷いて、辞世の和歌を詠んで自害した。となっていました。”

宇治を散策した時にはこの様な話は出てこなかったな~~~~。
ホントの話なのかな?
画像


久しぶりにゆったりと時間が流れる能の世界を楽しめた。
能って面白い。