OLAFのシスコ、ハワイ旅行(’17年8月31日②サンフランシスコ市内観光)

(前ブログからの続き)

ゴールデン・ゲート・ブリッジを見た後は「プレシディオ軍用地」を見学。
プレシディオ軍用地は歴史と文化の詰まった広場です。
サンフランシスコ半島の北端、ゴールデン ゲート ブリッジ南端の目の前にあります。

此処には、
1951年9月8日は、吉田茂首席全権が午前中にサンフランシスコのオペラハウスで条約に署名し、午後5時(日本時間9日午前9時)からサンフランシスコの第6軍司令部プレシディオ(将校集会所<)で日米安全保障条約に署名した建物が残されています。

いま考えると意外だが、当時、安保署名のニュースは、さして大きな扱いにはなっていない。連合軍による占領を終わらせ、日本の独立を意味する講和条約が前向きのニュースだったのに対し、安保条約は米軍駐留の延長を意味する現状追認の取り決めとみえたからだろうか。

でもこのおかげで、日本はソ連に占領されず、共産化しないで済んだのだ。
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「パレス・オブ・ファインアーツ」を観光する。
大小の木々に囲まれて、池の水面に映った赤レンガ色の柱をもつ濃いベージュ色の円形ドームの合間をぬって、白鳥や鴨が静かに泳ぎまわる。
映画のザ・ロックやフォレスト・ガンプの中にも出てきた印象的で美しい場所だ。
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急な坂道を走って行くと「ロンバート通りの坂道」があった。
ロンバードストリートは、サンフランシスコにある世界一曲がりくねった坂道です。
傾斜角を緩くするために作られましたが、現在の利用者のほとんどは観光客であり、サンフランシスコの有名な観光名所になっています。
坂道には8つのカーブがあり、下り専用になっています。
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これで午前中の観光は終了。
ランチを食べに「フィッシャーマンズワーフのピア39までの地区へ行く。
此処はメインのショッピングエリアで、遊園地、水族館、さまざまなショップやシーフードレストランが集まっており、いつも賑わっている。

ピア39のシンボル、カニさん。
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ランチはここでクラムチャウダーを食べる事にした。
ガイドさんのお勧めは「ボーデン」と言う有名なブレッドメーカーのサワー・ブレッドに入ったクラムチャウダーが美味しいと言う。
行って見た。
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食後、ピア9にある「咸臨丸入港百年記念碑」を見学した。
サンフランシスコに到着した咸臨丸は、ヴァレーホ街埠頭沖に投錨し、乗組員はこの埠頭から上陸した。
平成22年6月「咸臨丸入港150年の記念碑」が、ピア9建屋入口前の歩道に「銘板」が埋められた。
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急な坂道をアルカトラズ島方面に下って行く。
途中で降りて坂道に立ってみるとバランスがどうにもとれない。
もし、リンゴなど転がしてしまったらどうしようも無いだろう!
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この坂道をケーブルカーが登ってきた。
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リーバイスの本社へ行く。
ジーンズはゴールドラッシュの時に丈夫な作業着として作られたと言う。
内部には年代物のビンテージ・ジーンズが飾られていた。
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サンフランシスコのチャイナタウンは、中国国外にあるものとしては世界最大。
その歴史は長く、北米にある中華街の中で最古。
1840年代から続くこのチャイナタウンは、サンフランシスコに住む中国系の人々にとって、経済・社会・文化の拠点として重要な位置を占めてきた。
サンフランシスコ市の人口の四分の一が中国系となっている。

慰安婦像が立つてしまうわけだ!
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次は「グレース大聖堂」
ノブヒルの丘の上に建つグレース大聖堂。
この大聖堂の歴史はさかのぼること1849年、ゴールドラッシュの年に建てられました。
1906年にサンフランシスコを襲った大地震と火災で破壊されてしまいました。
現在の大聖堂は1928年に建立が始まり1964に完成しています。
見どころは、ギベルティの扉、迷宮、ステンドグラスやエイズ礼拝堂などです。
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(次ブログへ続く)