OLAFのクルーズ後イギリス旅行⑦(16年5月25日 テムズ川クルーズ )

(前ブログからの続き)
このツアー最後はグリニッジからテムズ川クルーズをします。
川からロンドンの街を眺められる貴重な経験です。


グリニッジに到着しました。
グリニッジ、といえば、世界の時間の基準となる「グリニッジ標準時(Greenwich Mean Time)」の基となっている王立天文台のある場所として知られています。
しかし、時間が無いので天文台には行きません。
車窓から「旧王立海軍大学」が見えました。
1696年から1712年にセントポール大聖堂を始めロンドンの52の教会を建設したクリストファー・レンが手がけたこの建物はもともとは船乗りのための病院でした。
1869年に病院としての役割を終え、1998年までは王立海軍大学となりました。
病院として建てられる前に建っていたのはプラセンティア宮殿。
実はこの宮殿、ヘンリー8世、チューダー調メアリー1世の生誕の地。
現在はグリニッジ大学とトリニティー音楽院が入っています
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街です。
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帆船「カティサーク(Cutty Sark)」です。
その昔、アジアからの紅茶をイギリスへと運んだ「ティークリッパー」の1隻として活躍した貨物船です。
ウイスキーのボトルの絵そのものです。
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クルーズ船の乗り場です。
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船内です。
通勤に使っている人達も多いそうです。
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出港です。
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岸辺に色々な建物が見られます。
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「タワー・ブリッジ」が見え始めました。
イギリスのロンドン市内を流れるテムズ川に架かる跳開橋。
1886年に着工、1894年に完成した。
可動部分は初期の頃は蒸気機関で水をパイプに通して跳開部の端に水圧を掛けシーソーの原理を利用して開閉していた(この技術は世界で初めてこの橋が実用に供した)が、現在は電力を利用している。

この橋はロンドンの観光定番スポットとなっているが、同じテムズ川のすぐ上流にある、民謡「ロンドン橋落ちた」で有名なロンドン橋であると、世界中の人からしばしば間違われている。

19世紀後半、イーストエンド・オブ・ロンドンの商業発展のためロンドン橋の下流に新たな橋が求められた。
しかし、ロンドン橋とロンドン塔の間にプール・オブ・ロンドンが存在し、入港の障害となることを避けるため固定された橋の建設はできなかった。
この問題を解決するため1876年に設立された委員会は、デザインの公募を行い、テムズ川を横断する方法を模索した。
50以上集まった提案に対する評価の議論は長引き、1884年に都市建築家であるホーレス・ジョーンズの設計が承諾された。
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陸上からでは見ることが出来ない風景です。
下を潜って行きます。
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シティ ホールが見えます。
シティ・ホール(City Hall)=市庁舎ですから、グレーター・ロンドン庁の中心的な行政施設で、大ロンドン市長とロンドン市議会が拠点を置き、約400人が働いています。
2009年5月31日に150歳の誕生日を迎えたビック・ベン(Big Ben)、1850年に建造された倉庫を改築したヘイズ・ギャレリア(Hay's Galleria)など、歴史的な建物の多いロンドンですが、写真を見れば分かるように、非常に近代的な建物です。
6500万ポンドの建設費を投じて2002年に完成しました。
設計はノーマン・フォスター(Norman Robert Foster)が担当しました。
この建築がテムズ川に面している方が北側になり暗くなってしまうため、南側からの太陽光線が各フロアに入り込むように、南側には大きな吹き抜けのスパイラル状空間が設置されています。
科学的見地から導き出されたというこの球体に近い幾何学形態は、直射日光による室内温度の上昇を最小限に抑える効果があるそうです。
この形状は同じ体積の四角いビルよりも表面積が25%少なく、更に、自然換気の「空冷」と水を使う「水冷」効果により、電気消費量が1/4に抑えられているのだそうです
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次は「ザ・シャード」です。
ザ・シャードは、ピラミッドを垂直に引き伸ばしたような形状をしており、互いに接触しない8つの面からなる。
この外観は、カナレットがロンドンの風景画に描いた帆船のマストや教会の尖塔をイメージしたものである。
外壁は英語で「破片」を意味する"Shard"の名称通り、角度を付けてガラスが取り付けられており、透明度の高い低鉄ガラスが用いられていることとあいまって、天候で変化する空の様子を刻々と映し出す。
ザ・シャードは、2 - 28階がオフィス(54,488 m²)、31 - 33階がレストラン(5,761 m²)、34 - 52階がホテル(16,198 m²)、53 - 65階がマンション(5,772 m²)、68 - 72階がルーフテラス含む展望施設等(758 m²)、75 - 87階が塔屋となる。
ホテル部分には、シャングリ・ラ・ホテルズ&リゾーツがロンドン初のホテル施設として入居する予定。
52階にはスパが設けられる。
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「ベルファスト」が繋がれていました。
1942年12月25日、スカパ・フローで本国艦隊の第10巡洋艦戦隊に加わる。
1943年2月から3月にかけてソ連へ向かうJW53船団とソ連から戻るRA53船団の護衛に従事した。
続いて哨戒任務に従事し、その次は機雷敷設作戦に参加した。
7月、ハスキー作戦の陽動としてノルウェー沖で実行されたカメラ作戦に参加。8月から9月にかけてはソ連へ向かう駆逐艦の護衛やスバールバル諸島の調査、敵の封鎖突破船の捜索にあたった。
10月、アメリカの空母レンジャーによるノルウェー沿岸での船舶攻撃作戦(リーダー作戦)、次いで12月26日、北岬沖海戦にも参加。
ベルファストは朝鮮戦争に参加した後、1963年8月24日に退役し、1971年に陳列館として大英帝国戦争博物館分館となり現在に至っている。
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英国国教会の大聖堂、セント・ポール大聖堂です。
堂々たるドームと2つの塔を持つこの大聖堂、ここを世界的に有名にしたのは1981年にチャールズ皇太子と故ダイアナ妃の結婚式を挙げたからでしょうか?
ただ、その息子のウィリアム王子とケイトさんとの結婚式はウェストミンスター寺院で行われることになったのは大聖堂にとっては残念だったことでしょう。
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ミレニアム・ブリッジです。
歩道橋はイギリスのミレニアムプロジェクト(2000年記念事業)のひとつとして1996年にサザーク議会によるコンペの結果、アラップ、フォスター・アンド・パートナーズ、アンソニー・カロによる設計案が当選した。
建設は1998年後半に起工、歩道橋部分は1999年4月28日に着工した。
建設費は1820万ポンドで、ミレニアム委員会とロンドン信託により支払った。
2000年6月10日に開通したものの大きな横揺れの発生により3日後に閉鎖、2002年2月22日に再開通となった。
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ロンドン水族館が見えました。
欧州最大のこのロンドン水族館。
各ゾーンに分けられた水槽ではテムズ川などの淡水魚、太平洋、大西洋、インド洋の海水魚など300種以上の水生生物を見ることができます。
目玉は3フロアーを貫く巨大水槽を泳ぎ回るサメ。
そしてタッチプールでは大きなエイに触ることが出来るそうです。
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ロンドン・アイ(大観覧車)です。
1999年末に登場したロンドン・アイ。
2008年に開業したシンガポールの巨大観覧車が登場するまでは世界一の大きさを誇る観覧車でした。
いつもたくさんの観光客でにぎわうサウスバンクと呼ばれるエリアに位置するロンドン・アイの周りには有名な観光名所であるビッグ・ベンやセント・ポール大聖堂、ロンドン水族館などなど数々のアトラクションが満載でつねに多くの観光客たちでにぎわっています。
開業当時は5年間のみの営業予定でしたが人気の高い観光地となったためこれからもこの場所で運営が続けられることになったようです。
巨大観覧車の一つのカプセルはなんと25人も乗れるほど大きく、ゆっくりと30分かけて回る観覧車の中でロンドンの素晴らしい眺めを楽しむことが出来ます。
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二日間同じ添乗員さんだったのでお別れにパチリ。
有難う御座いました。
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個人的なイギリスツアーもこれで終了です。
明日帰るためにケースのパッキングをしなければなりません。
明日はヒースロー空港まで地下鉄で行きます。
(次ブログへ続く)