OLAFの亀戸天神藤見物(’16年4月30日 亀戸天神藤まつり、香取神社)

TVで亀戸天神の藤が美しく咲いている風景が流されて、早速見に行ってみることにした。
GWに突入して、天気も良い。
さぞかし混んでいるだろうと言う覚悟はして行ってみた。
過去にも何回か見に行っている。
綺麗だった思いは残っている。


日暮里駅から明治通りを通るバスで亀戸駅の手前の「福神橋」で降りる。
此処から「香取神宮」をお参りして亀戸神社へ行く事にする。
ネットによると
”香取神社の御祭神、経津主神(ふつぬしのかみ)は、千早振る神代の昔、畏くも皇祖の神勅を奉じ、鹿島大神と共に豊葦原瑞穂国(日本国)の平定に手柄を立てられた威霊優れた国家鎮護の神として仰がれる、我国武将の祖神です。
然も御本宮が神武天皇の御代に東国下総に鎮座されましたことは非常に意義のあることで、日本国の守護を固めた事になり、更に農業に深い関係があり、国土開発に多大の功績のあった産業の祖神でもあります。
香取神社は「スポーツ振興の神」として、現在はスポーツ大会・試合の勝利を願う多くの参拝者が訪れ篤い祈りを奉げています。
古くは、天慶の昔、平将門が乱を起した時、追討使俵藤太秀郷はこの香取神社に参拝し戦勝を祈願したところ、乱はめでたく平定することができ、神恩感謝の奉賽として弓矢を奉納、勝矢と命名されました。
この古事により、1000年の時を経て今も「勝矢祭」が守り伝えられています。
歴代の天皇をはじめ源頼朝、徳川家康などの武将達、また剣豪塚原ト伝、千葉周作をはじめとする多くの武道家達の篤い崇敬を受け、武道修行の人々は香取大神を祖神と崇めていました。”
との事だ。
この神社には’14年の藤まつり見物の時にお参りしたことが有る。
(ブログ)
http://olaf-mama.at.webry.info/201405/article_2.html

5月5日が「勝矢祭(かちやさい)」と言う「天慶の乱(940)を平定した俵藤太秀郷がその奉賽として弓矢を奉納「勝矢」と命名した故事に因むお祭り。」が予定されており飾りが創られていた。
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手水場の所に「亀戸大根」の碑が有った。
亀戸大根は江戸末期の文久年間(1861~1864)に栽培が始まり、この神社周辺が栽培の中心地となっていました。
当時は他の大根が全く無い時代であり、根も葉も共に浅漬けにして美味しいことから江戸っ子に大変重宝がられたと伝えられています。
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福神社は亀戸七福神の中心的役割を果たしています。
亀戸七福神は墨田区の向島七福神に倣い興されたもので、元々香取神社に恵比寿神・大国神が祀られていたため、明治時代に残りの五神を近隣の各寺社に振り分けたことが始まりです。
また平成15年4月には亀戸の地名の由来を残そうと再興した、井戸「亀が井」に恵比寿神・大国神の像を併せて祀りました。
これは豊島区巣鴨のとげぬき地蔵に倣い、井戸の水を像にかけることで健康長寿等の御利益を頂く名所となっております。
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本殿へお参りをした。
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そこにレスリングのメダリスト「吉田沙保里」選手のオリンピック金メダル祈願が飾られていた。
さすが、スポーツの神様だ。
あの有名な選手がお参りに来ているのだ。
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参道を通って亀戸天神へ行く。
藤まつりは何回か見に来ている。
(ブログ)
http://olaf-mama.at.webry.info/201405/article_2.html
http://olaf-mama.at.webry.info/201004/article_20.html

看板が省略化されていて横の看板が無い。
(14年の藤まつりの写真には横断幕が目立っていた。)
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あれ!
確か此処には灯籠が立っていたのだが?
無くなっている。
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あれ!
未だ咲いていない?
太鼓橋の上から見た風景に異変が生じている。
人はたくさん来ているが、花が咲いていない。
遅れているのかな?
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一部分の藤だけが咲いている。
それでも房が短いし貧弱だ。
藤ノ木が老齢化してしまって花が貧弱になってしまったのかな?
それとも今年は咲くのが遅れているのかな?
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お参りはしておこう。
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あれ!
やっぱりここも咲いてない。
寂しい・・・
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何となくつまらない藤見だった。
頑張って朝は止めに来たのに。
藤ノ木が老齢化して花が咲かなくなって無い事を祈ります。