OLAFのすみだまち歩きコース21(’15年10月31日 ~鬼平の青春篇~

今日も晴天。
また、散策に行ってこよう。
ネットで色々チェックしてみると、「すみだまち歩き博覧会」と称して色々なコースが準備されていることを知った。
更に、観光案内所でパンフを貰えると言う。
コース21は「鬼平犯科帳ゆかりのスポット読み歩き 其の2 ~鬼平の青春編~」があった。
此処をまわってこよう。
カメラ、万歩計、ペットボトルを持って出かけた。


頂いたパンフ。
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鬼平犯科帳の「本所・桜屋敷」では今日見る各所がこの様に表現されている。

天明八年、小正月も過ぎた或る日のこと、逃走中の小川や梅吉の人相書きとそっくりの男を、本所・南割下水で見かけたという情報が、密偵岩五郎から佐嶋忠介を経て平蔵にもたらされた。
本所は彼の青春である。その日平蔵は就任以来初めての[市中見回り]に出た。
入江町には旧邸があり、出村町には一刀流の剣客高杉銀平の道場があった。
道場のとなりは、このあたりの名主・田坂直右衛門の屋敷で[桜屋敷]と呼ばれていた。
今は人手に渡った[桜屋敷]の前で、平蔵は剣友岸井左馬之助に出会った。
若き日の平蔵と左馬之助が憧れた「桜屋敷」の孫娘「おふさ」が、嫁ぎ先の近江屋清兵衛方を追い出された後、御家人服部角之助の後添えとなっていることを知る。
昔馴染みの無宿者・相模の彦十を服部屋敷で開かれる賭場に潜り込ませ、同屋敷に小川や梅吉が出入りしている事を突き止めた。
折りしも彦十の仲間の蓑虫の久から、おふさが服部屋敷にたむろする無頼浪人と小川や梅吉をそそのかし近江屋へ押し込む計画があるとの情報がもたらされた。
蓑虫の久と相模の彦十を誘った一味は全員捕縛されたが、おふさには昔の面影はなく、平蔵も左馬之助も覚えていなかった。
以後、相模の彦十は密偵となり、岸井左馬之助も平蔵を助けることになる。

出発は浅草から、スカイツリー線で押上から。
駅を降りておしなり公園へ行くと、今日はハロウイーン。
駅前ではハロウイーンの行事が行われていた。
仮装した子供たちがそれを取り巻いて見ていた。
大道芸人。
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十間川。
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真下から見上げるスカイツリー。
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地図を見ながら最初の見学地②春慶寺へ。
春慶寺は、元和元年(1615年)浅草森田町の地に、真如院日理上人によって創建されました。
その後、寛文7年(1667年)に浅草から本所押上村に移転、現在まで約四百年の歴史を持つ由緒あるお寺です。
江戸時代から「押上の普賢さま」と称され、特に辰年、巳年守り本尊として多くの参詣人で賑わっています。
当時の隆盛ぶりは、「東都歳時記」や「武江年表」等で再三紹介されています。
また、天明(1781~89年)の頃に活躍した浮世絵師勝川春潮の「押上村行楽」という浮世絵には、石の道標に「押上村」「普賢菩薩」という文字が見られ、押上村の春慶寺に“お参りに行く”ことが人々の大きな楽しみであったことがうかがえます。

池波正太郎氏が作り上げた傑作『鬼平犯科帳』。
この小説は江戸期に実在した幕臣長谷川平蔵宣以(1745~1795)が、火付盗賊改方として活躍するさまを描いたものですが、春慶寺はこの中で、鬼平の親友 岸井左馬之助の寄宿先として、たびたび登場しています。
とくに、「明神の次郎吉」(文春文庫第八巻所収)という作は春慶寺を舞台とした筋立てとなっており、当時の押上近辺の様子が生き生きと描かれています。

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岸井左馬之助の寄宿舎。
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③西尾隠岐守屋敷
実際、江戸時代あった屋敷は1万3千坪の広大な土地だった。
そして、すぐ脇に流れていた横川。
今は一部埋め立てられて公園になっている。
昔はこの辺り、蛍が飛んでいたそうだ。
賭場や盗人宿への経路として、登場するこの屋敷。
怪しいやからが歩いたんだろうか。
建物は無くて高札のみ。
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④出村の桜屋敷跡
2度も往復して高札を探したが見つからず。
せめて住所が書いてあればi‐phnのマップで調べられるのに・・・
宝探し失敗。
⑤高杉銀平道場
鬼平が若き頃に通った、高杉銀平道場。
その高札は現在の墨田区太平1丁目にあった。
いま埋め立てられちった横川沿いにあった。
鬼平は「本所の銕」って言われた若き頃、そう19才で、この高杉道場に入門し休むことなく稽古に打ち込み肉体と精神の両方を鍛えました。
高杉道場は一刀流で千葉周作の北辰一刀流と同じ流れだったそうです。
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⑥法恩寺
日蓮宗寺院の法恩寺は平河山と号します。
法恩寺は、道灌公長禄2年(1458)江戸城築城にあたり丑寅の方に城内鎮護の祈願所として本住院を建立、太田資高の代に法恩寺と改称したといいます。
徳川家康の江戸入府により、神田柳原、谷中清水町にと移され、元禄8年当地へ移転したといいます。
境内には、大田道灌の墓や平河清水稲荷大明神、鐘楼三重塔などがあります。

太田道灌ゆかりの寺で、「本所桜屋敷」では平蔵と左馬之助が門前の茶店「ひしや」で20余年ぶりに旧交を温める場面に登場。
「尻毛の長右衛門」は、この法恩寺から物語が始まります
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⑦相模の彦十の家
彦十は本所松井町の「岡場所」に巣食う香具師あがりの無類者。
若かりし平蔵が、放蕩無類の暮らしを送っていた頃からの取り巻きの1人です。
密偵に転じると、その働きは目を見張るものがありました。
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⑧長谷川平蔵の旧家
「鬼平」こと平蔵が27歳のときまで暮らしていた屋敷のあった場所です。
実父の宣雄が目黒行人坂の下手人を捕らえた手柄により京都町奉行に出世し、長谷川家はこの地を去りました。
ローソンの壁に高札が有りました。
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このコースは建物が残っていたのは訪問8か所中2か所のみ。
高札探しのコースだった。
頂いたパンフにはその高札の住所が書かれていなかった。
i‐PHNで検索をして、マップで探す。
この繰り返しだった。

今度はなるべく建物などが残っているコースを選ぼう。

11,852歩の散策だった。