OLAFの巾着田曼珠沙華、パワースポット秩父神社、三峯神社巡り②(’15年9月22日)

(前ブログからの続き)
残るは三峰神社のみとなりました。
但し何時に着けるかは不明。
明るいうちに着けるのか?


バスの中で『秩父名物!わらじかつ弁当』を食べる。
もう、二時過ぎ。
遅いランチだ。
わらじと言うだけあって大判のような形のカツです。
肉は薄かったです。
しかも、二枚重ね。
醤油ベースのタレか掛かっていました。
(ソースかつでは無かったです。)
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小さなコンニャクと漬物が付いていました。
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これを食べながら三峯神社へ向かいます。
秩父神社から国道140号線で二の瀬ダムを曲がって三峰神社へ。
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山道をくねくねと登って行く。
後駐車場まで2kmと迫った所で大渋滞。
通常なら秩父神社から1時間程度で行ける所を3時間も。
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薄暗くなり始めた5時にようやく駐車場へ到着。
5時50分出発と言う事で「50分で参拝を済ませて」と言う。

秩父神社・宝登山神社とともに秩父三社の一社。
秩父の山奥にあり、神仏習合時代の修験道の霊場です。
日本神話の英雄・日本武尊(ヤマトタケル命)が創建、修験道の祖・役小角が修業をし、弘法大師空海が観音像を安置したとされます。
東征中にこの地を通った日本武尊が、三峯の山々の素晴らしい風景に感動し、伊弉諾尊・伊弉册尊の国造りを偲んで祀ったのが起源とされます。
階段を登って拝殿を目指す。
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三ツ鳥居。
三ツ鳥居(みつとりい)は、鳥居の様式の1つである。三輪鳥居(みわとりい)ともいう。
1つの明神鳥居の両脇に、小規模な2つの鳥居を組み合わせたものである。
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更にダラダラ坂を登って行くと隋神門がある。
元禄4年(1691年)建立。
昔の仁王門にあたり、明治初年仁王像は鴻巣の勝願寺へ移されました。
現随身門は寛政4年(1792年)再建されたものを、昭和40年(1965年)春 改修。扁額は増山雪齋の筆跡になります。
当初は青銅鳥居(拝殿正面)付近に建立されていたという記録が伝えられています。
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神楽殿
神様のみ心をお慰め申し上げるためにお神楽の行われる殿舎です。
太々神楽、又は里神楽といわれるお神楽(当神社では氏子滝の沢神楽連奉仕)は日本の神話をもとにした舞劇で、いわゆるお神楽衣装をつけ、面をかぶって笛太鼓に合わせて踊るものです。
三峯の神楽は霧の流れる境内にひびく笛と太鼓の調和よく、その巧妙な撥さばきによって彼の宮本武蔵が二刀流を開眼した(吉川英治著 小説 宮本武蔵)と伝えられるものです。
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鐘楼等の境内。
明暦3年(1657年)に南部山城守重直により奉納されました。
この鐘は江戸時代までの 「神仏習合」の名残りです。
明治時代以降は時の鐘として使用し、朝夕6時に衝かれています
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拝殿。
寛政12年(1800年)建立。昭和37年(1962年)改修。
正面に掲げた大額は有栖川宮一品親王殿下の御染筆になります。
内部の格天井には奥秩父の花木百数十種が画かれ、左右脇障子に竹林七賢人の透彫があり重厚な雰囲気を感じさせます。
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敷石の龍神。
拝殿前(左手の手桶の前)の石畳に水をかけると、龍神が浮き出てきます。
この龍神は、辰年の2012年に突如として浮き上がったもので、縁起がいいとされます。
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三峰神社を出発する時は暗くなってきた6時。
関越自動車道路は流れていた。
三芳SSに着いた時には9時10分。
もうこりごり。
シルバーウイーク、ゴールデンウイーク等のバスツアーは若い人に任せよう。
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9月23日の産経新聞朝刊には、昨日の巾着田の曼珠沙華の記事が載っていた。
やはり、凄い時に出かけた物だ。
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予約したのはかなり前で、私のiPhoneのカレンダーには国民の休日などを設定していなかった。
その段階では、シルバーウイーク中といった認識は無かった。
あわてて、今日設定をし直した。
今後、この様なチョンボは無いだろう。
反省!