OLAFの九州世界遺産登録地 6つの構成資産巡り②(’15年9月8日~10日)

(前ブログからの続き)
今日は2日目。
昨夜のTVでは関東を中心に台風17号、18号が熱帯性低気圧になったのにも拘らず大雨が続いているとのニュースが流れている。
長崎は晴天。
良い天気。
普段の行いが良いからだ????
今日はこのツアーの最大イベント『軍艦島(端島炭坑)』クルーズがある。
楽しみだ。

起きて外を見ると、昨夜見えた『世界三大夜景 モナコ、香港、長崎』の長崎の夜景の街を見ることが出来た。
坂の街、長崎の朝の風景。
画像

ブッフェの朝食を済ます。
画像

ホテルから見える長崎港。
三菱長崎造船所。
有名な『ジャイアント・カンチレバークレーン』も見える。
こちら側にはクルーズ船が入っている。
画像

フロントの横に『龍踊』の龍が飾ってあった。
長崎らしい雰囲気。
画像

いよいよホテル『矢太楼南館』を出発。
画像


通常の長崎観光では周遊する出島を通る。
今回のツアーでは前を通るのみ。
この出島は鎖国によって閉ざされた日本にとって、出島は唯一欧米に開かれた窓であった。
中島川を渡る。
『水門』が見えてくる。
画像

西洋と日本の文化・学術・貿易品が最初に出入りした象徴的な建物。
2つの通り口のうち南側は輸入用、北側は輸出用に使われていました。
画像

オランダ商館跡
画像

次は『グラバー園』。
今から28年前に来たことがあった。
その時の記録。
http://olaf-mama.at.webry.info/200707/article_3.html

グラバー邸が『九州世界遺産登録地 の構成資産』になったかと言うと
”スコットランド出身の起業家トーマス・ブレーク・グラバー(1838-1911)は、1859(安政6)年、開港と同時に上海から長崎に来てグラバー商会を設立し貿易に従事しました。
幕末から明治にかけて、薩摩藩や佐賀藩と協力して小菅修船場や高島炭坑の建設や事業化に協力し、後に三菱の経営にもアドバイスを与え、石炭・造船・鉄道などの分野で外国の機械技術を導入し、日本の近代文明の進展に尽力しました。
また、幕末の激動の時代の中、坂本龍馬を始めとする志士達を陰で支え伊藤博文らの支援など、若い人々への多大な援助を惜しまず、明治維新を推進した陰の立役者でもありました。”と言う事だそうです。
画像

『大浦天主堂』
画像

入口。
画像

昔は、こんな便利な物があった?
動く歩道が付いていた。
画像

画像

グラバー邸。
画像

邸内のダイニング。
ビジネスの場としてもこの場所を活用していたことがうかがえます。
画像

トーマス・ブレイク・グラバーの胸像。
画像

『三菱長崎造船所』のジャイアント・カンチレバークレーン等が見える。
画像

見つけた!
『噂のハートストーン(ハートの石)』
恋が成就、幸せが舞い込む石?
画像

出口の『長崎伝統芸能館』が有った。
長崎のお祭り「長崎くんち」に奉納される龍踊りの白龍、青龍、各町の奉納踊りを先導する「傘鉾(かさぼこ)」と呼ばれる豪華な飾りなどが展示されており、長崎くんちの映画も放映されています。
長崎くんちは”370余年の歴史と伝統を持つ、秋の大祭。旧暦9月9日に行っていたことから、9日すなわち「くんち」と呼ばれるようになったと言われます。”そうです。
画像

画像

画像

画像


大浦天主堂の近くの長崎ちゃんぽん発祥の店『四海樓』で名物の長崎ちゃんぽんでランチをした。
画像

画像

画像


午後からは『軍艦島<端島炭坑>』見物だ。
風が出てきたが上陸できるか?
出港しても波が高ければ上陸出来ない時もあるとか・・・
(次ブログへ続く)