OLAFの厳島神社・萩・津和野旅行(’12年11月2日 原爆資料館・錦帯橋・萩・武家屋敷散)

今日は「平和記念公園」「錦帯橋」「萩・武家屋敷散策」そして萩に宿泊の予定だ。
錦帯橋は初めて行くところで、楽しみだ。
さて、どんなツアーになるのナ。


11月2日

グランドプリンスホテル広島の周りを歩いてみる。
結構大きなホテルだ。
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朝食のレストランへ行く。
窓から瀬戸内海が見える。
小さな島が沢山。
朝日が眩しく上がってくる。
此処にも牡蛎筏が。
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ブッフェスタイルの朝食。
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朝食後、8時出発。
平和記念公園へ寄る。

(前回のブログ)
http://olaf-mama.at.webry.info/200807/article_33.html

散策開始。
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当時は「広島県産業奨励館」だった。
それが原子爆弾でこの様な酷い姿に。
原爆ドーム。
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原爆の子の像 。
碑文
「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」
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原爆死没者慰霊碑。
碑文
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
碑文の趣旨 碑文については主語をめぐるさまざまな議論がありましたが、広島市は碑文の趣旨を正確に伝えるため、日・英の説明板を設置し、「碑文はすべての人びとが原爆犠牲者の冥福を祈り戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉である 過去の悲しみに耐え憎しみを乗り越えて全人類の共存と繁栄を願い真の世界平和の実現を祈念するヒロシマの心がここに刻まれている」と記しています。
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広島平和記念資料館。
内部には目をそむけたくなるような展示物が・・・
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原子爆弾の模型。
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次は錦帯橋見物です。
日本三名橋のひとつで、清流錦川に架かる木造五連のアーチ橋。
川に映った姿が美しい。
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延宝元(1673)年、岩国藩主吉川広嘉によって創建され、反り橋の構造は精巧かつ独創的で、現代の橋梁工学からみても非のうちどころがないと言われています。
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アーチ形の橋には、階段が付いていた。
皆、簡単そうに上ったり下りたりしているので「よく滑らないな」と思っていた。
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昼食は五穀蕎麦。
なかなかいける。
でもつけ汁がやたら甘かった。
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瑠璃光寺(るりこうじ)は、山口県山口市香山町にある曹洞宗の寺院。
山号は保寧山、本尊は薬師如来。国宝の五重塔を中心として、境内は香山公園と呼ばれ、桜や梅の名所にもなっている。
大内氏全盛期の大内文化を伝える寺院であり、「西の京・山口」を代表する観光名所となっている。
香山墓所は「毛利家墓所」のうちの一つとして国の史跡に指定されている。

全国に現存する五重塔のうちで10番目に古く、美しさは日本三名塔の一つに数えられ、室町中期における最も秀でた建造物と評されています。
ちなみに、日本三名塔の他2基は、奈良県の法隆寺と京都府の醍醐寺にある五重塔です。
また、檜皮葺屋根造りのものは瑠璃光寺の他に、奈良県の室生寺と長谷寺、そして広島県の厳島神社にもあります。
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境内には「サルスベリから松が生えた奇妙な木」が立っていた。
何でもサルスベリの木のくぼみに松ぼっくりが落ち芽をはやして木になったとか。
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石燈籠。
この傍に「「うぐいす張りの石畳」がある。
「うぐいす張りの石畳」と表示のある場所で手を叩いたり、足踏みをすると前方の石段に音が反響する。
うぐいす張りと言うより「鳴き龍」と言った感じ。
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瑠璃光寺 (るりこうじ)。
曹洞宗。山号は保寧山。
守護大名・大内氏の家臣・陶(すえ)弘房は主君・大内政弘と共に応仁の乱で戦い、応仁2年(1468年)京都・相国寺で戦死。
夫人の仁保氏が文明3年(1471年)に吉敷(よしき)郡仁保庄に安養寺を建立した。
後、寺領が狭いため隣山に寺を建て、弘房の持仏・薬師如来を移し、安養寺を廃して保寧山瑠璃光寺と号した。
天正14年(1586年)、吉川元春の逝去の折、瑠璃光寺が霊牌所となって一時寺名を変えたが、元禄3年(1690年)再び瑠璃光寺の名にもどり、現在の場所(大内義弘が建立した香積寺の地所)に移された。
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萩城下町へ行く途中「村田蒲鉾店」でお土産を買う。
山口は小田原に次いで蒲鉾の生産量が多いそうだ。
こちらは「焼き蒲鉾」がメインだと言う。
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おつまみ用の小さな蒲鉾をゲット。
バスの中で一杯。
結構結構!
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萩市は、阿武川の下流に形成された三角州を中心に発展した城下町です。
日本の歴史の一ページに登場したのは、昨年の大河ドラマ「毛利元就」の孫にあたる、毛利輝元が関ヶ原の戦いで敗れ、中国地方8ヶ国120万石から、防長二ヶ国36万石に削封され、居城も広島城から新たに萩に構えることになり城下町的なたたずまいがけいせいされたとされています。
その後も、明治維新で活躍した、吉田松陰先生をはじめ、木戸孝允、高杉晋作など多くの逸材を輩出し、町の中には萩城跡、古い商家や武士の旧家、石垣、土塀など全国でも有数の観光地。

(前回の萩・津和野旅行)
http://olaf-mama.at.webry.info/200711/article_4.html

白壁、なまこ壁が美しい。
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円政寺。
月輪山円政寺は真言宗の寺院で、建長6年(1254)山口に創建された大内氏代々の祈願所でした。
慶長9年(1604)頃に山口から移転され、毛利氏の祈願所となりました。
境内には十二支彫刻の欄間で知られる金毘羅社があり、神仏習合の形態が見られる点で貴重な寺といえます。
伊藤博文が11歳の頃、住職恵運に諭され、読み書きを習い、また高杉晋作も子供の頃にはよくここで遊んだといわれています。
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菊屋家住宅。
白壁となまこ壁が美しい城下町のシンボル。
萩藩の御用達を勤めた豪商菊屋家の住宅で、その屋敷は幕府巡見使の宿として本陣にあてられた。
屋敷地には数多くの蔵や付属屋が建てられているが、主屋、本蔵、金蔵、米蔵、釜場の5棟が国の重要文化財に指定されている。
この住宅は、主屋が極めて古く、全国的にみても最古に属する大型の町家としてその価値は極めて高い。
菊屋家に伝わる500点余りの美術品、民具、古書籍等が常設展示されており、往時の御用商人の暮らしぶりが偲ばれる。
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庭が美しい。
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宿泊は「千春楽」。
夕食前に「萩城跡ライトアップ」を見に行く。

期待したのは、天守閣がライトアップされた姿だったが、石垣にライトが当たっていたのみだった。
わざわざ見に行くほどのことはなかった・・・
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夕食はフグ。
フグ刺し、から揚げ、一夜干し、なべ、等々。
満足!
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ゆっくり温泉に入ってゆっくり寝ましょう。
明日は津和野。