OLAFの能鑑賞 (’11年11月3日 国民文化祭 能楽の祭典 金剛能楽堂)

”国民文化祭in京都”のイベントの一つに能楽の祭典があった。
京都の能楽堂で能を見た事は無い。
見たかったが日程と能の開催日が合わなかった。
今回は金剛能楽堂での能を鑑賞できる。
チケットは東京で購入して来た。
昼間は狸谷不動尊秋祭を見てきたので少し疲れてはいるが居眠りなどしないよう楽しんでこよう。


5時から開演。
すべて自由席と言う事で早めに行かないととんでもない席になってしまうのでは?
市営地下鉄烏丸線「今出川」から歩く事5分。
少し早目4時に能楽堂へ到着。

金剛能楽堂の入口には幟などが立ち雰囲気を盛り上げている。
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「チケットは完売してます。当日券はありません。」
入口で案内人が叫んでいる。
「良かった。買っておいて。」
ロビーは東京の国立能楽堂と比べると小さい。
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ロビーに沿って中庭があるが大きなコイが泳ぐ池になっていた。
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舞台は同じだがホール全体はやはり小さい。
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面白い事にこのホールには二回席があった。
高さ的にはきっと国立能楽堂の一番後ろの席程度の高さから見る様なものであろう。
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演目は

小謡  「京 童」 茂山千作(人間国宝)
能   「小鍛冶」 金剛永謹
舞囃子 「絵 馬」 井上裕久
狂言  「二人袴」 茂山逸平

小謡は見た事が無かったが、うたいと舞。
舞囃子はそれに太鼓、鼓、笛等が入る。

感想としては、あまり面白い物ではない。

狂言  「二人袴」

今日は吉日だからと聟入り(むこいり)[結婚後初めて夫が妻の生家に挨拶に行く儀式]することになった聟は、心細いので父親についてきてもらうことにします。
舅(しゅうと)の家の門前で、聟は父親の手を借りて袴(はかま)を身につけ、家に入り舅と会います。
ところが、舅の家の太郎冠者が門前の父親を見つけ、舅はすぐお呼びしろと言います。
聟は門前で父親に袴を渡し、今度は父親が舅に会います。
以後2人は1つしかない袴を交代で着ては舅の前に出ますが、やがて袴が前後に裂けてしまいます。
2人はそれぞれ裂けた袴を前に当て、めでたく盃事も済ませます。
舞を所望された聟は、不自然な舞い方でごまかしますが、とうとう袴の後ろがないことがばれ、聟と父親は面目ないと逃げますが、舅は待ちなさいと後を追います。

2つに裂けた袴を前に当てて後ろを見せないように横歩きしたり、妙な舞を披露したりと視覚的におかしさが伝わってくる狂言でした。
(袴の後ろが無い事がばれてしまう。NETより転載)
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小鍛冶(こかじ)
夢のお告げを受けた一条天皇(980〜1011)の命により、勅使の橘道成は、刀匠として名高い三條小鍛冶宗近(さんじょうのこかじむねちか)のもとを訪れ、剣を打つよう命じます。
宗近は、自分と同様の力を持った相鎚を打つ者がいないために打ち切れない、と訴えますが、道成は聞き入れません。
進退きわまった宗近は、氏神の稲荷明神に助けを求めて参詣します。
そこで宗近は、不思議な少年に声をかけられます。
少年は、剣の威徳を称える中国の故事や日本武尊(やまとたけるのみこと)の物語を語って宗近を励まし、相鎚を勤めようと約束して稲荷山に消えていきました。

家に帰った宗近が身支度をすませて鍛冶壇に上がり、礼拝していると稲荷明神のご神体が狐の精霊の姿で現れ、「相鎚を勤める」と告げます。
先ほどの少年は、稲荷明神の化身だったのです。明神の相鎚を得た宗近は、無事に剣を鍛え上げました。
こうして表には「小鍛冶宗近」の銘、裏にはご神体が弟子を勤めた証の「小狐」の銘という、ふたつの銘が刻まれた名剣「小狐丸」が出来上がったのです。
明神は小狐丸を勅使に捧げた後、雲に乗って稲荷の峯に帰っていきました。

(NETより転載)
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終わったら8時になっていたが面白い演目だった。
京都で能を見たいと思っていたが実現できた。
満足。

さて、遅い夕食を何処で食べますかな?
お腹も空いてきましたゾ。