OLAF in 青もみじの京都 (’11年5月14日 京都美山かやぶきの里 日帰りバスツアー)

”青もみじ”を求めて、京都の市内だけでなく奥の方へ行きたくなり、日帰りバスツアーで『京都美山かやぶきの里ツアー』に参加した。

”美山かやぶきの里は平成5年(1993年)に、重要伝統的建造物群保存地区(北集落)選定。
50戸の家屋のうち約七割が北山型の入母屋造の茅葺き民家で、江戸末期の建築だ。
民俗資料館は、母屋を中心に納屋、土蔵の3棟で構成。
地区内には茅葺き屋根の民宿もある。
この集落で現存する最古の建物は1796(寛政8)年築であり、かつての生活が見えてくるようだ。”

こんな誘い文句に誘われて未だ行った事の無いかやぶきの里行きを決めた。
かやぶき屋根で有名なのは白川郷。
此処は行った事があるがどう違うのか?
楽しみだ。


京都駅八条口を朝の9時に出発。
今日は最高の天気で暑いぐらいだ。

京都市内から周山街道に入る。
この道は若狭と京を結ぶ道として知られる鯖街道として有名だ。
その入り口となる「三尾」のひとつと言われる高雄を通過。
近隣の槙尾(まきのお)、栂尾(とがのお)とあわせて三尾(さんび)と並び称される。
京都はもとより、日本でも有数の紅葉の名所で、北山杉の美しい林が見られる。
今はまさに青もみじが最高に綺麗だ。

職人の厳しい“目”と “技”で、手間ひまかけて丹念に仕立てられる「北山杉」。
苗木から厳選して、30年余りの歳月をかけて、神経質とも言えるほどに手間をかけて育てられる。
細くて真直ぐな木を育てることは難しい。
ましてや、その上に、フシのない一定の太さのものをつくり上げるには、高度な技術がいるそうだ。
北山の風物詩である枝 打作業は、1つはフシのない美しい木をつくるためのものであるが、それと同時に、一定の太さにコントロールするための、いわば抑制栽培の手段でもある。
年間を通して気温が冷涼で、冬には厳しい“北山しぐれ”にさらされるという北山独自の自然環境のなか、山の斜面を使っての不安定な立地条件のため、より高度 な技術と細やかな配慮が要求される中で育成された北山杉は、生命力が強く、いつまでもその美しさを保っている。
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高雄山ふもとの渓谷には清滝川が流れ自生している藤の花が満開だ。
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藤棚で人間に手入れをされながら育った藤とは違い房は短そうだがやはり自然の中で育っているので周囲の風景と同化し美しさは格別だ。
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京都市市街地から車で約60分の所に、道の駅”ウッディー京北”があった。
此処で休憩。
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杉玉が飾られている入口。
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店の中には象徴木 櫓杉(やぐら杉)が飾られていた。
説明によると
『この櫓杉は、京北大野町が所有(小塩町西谷奥附2)の標高700m付近の尾根に生育していましたが、平成7年の春、強風により根元から倒れたため、京北大野町よりご提供をいただき、旧北桑田郡林業研究会のご協力を得て搬出したものです。』
との事。
巨木で凄い!
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此処でしか売っていない珍しい野菜を売っていると言う。
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その一つがキャベツとダイコンを掛け合わせた新野菜”京ラフラン”。
京都市と京都大が開発した。
帰って来て茹でてドレッシングをかけて食べたが、キャベツの甘みとダイコンの辛みが絡み合った味で面白い。
なんでも栄養価は高く、ホウレンソウに比べカルシウムが1・7倍あるそうだ。
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サラダかぶ。
肉質はやわらかで甘味があり、サラダ等の生食に最適な品種だそうだ。
帰って来て食べてみると、食感は蕪と言うより柿の様な食感だった。
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此処から走る事30分で『美山かやぶきの里』へ到着。
素朴で観光地らしくない佇まい。
村の人達が運営をしているとの事でキャピキャピした観光地とは一味違いしっとりした雰囲気でゆったり出来そうだ。
看板も手作り風で何とも言えない。
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田んぼの向こう側の北山杉の斜面にかやぶきの家がゆったり建っている。
この中で日常の生活が送られている様だ。
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小さな子がいるのであろうか?
過疎の村では無いのだろうか?
鯉のぼりが素朴さを増している。
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集落の真ん中に昔懐かしい赤い郵便ポストが。
ポストのある風景。
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花のあるかやぶきの家。
屋根には家紋が付けられている。
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美山民族資料館。
この地にあった200年ほど前の建物を移し、当時の姿を残したまま資料館として平成14年に再建。
美山の生活で使われてきた農機具、生活道具などが約200点展示されている。
母屋の屋根裏からかやぶき屋根の構造なども見学することができた。
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時間がゆっくり流れている。
北山杉の栽培等で今でも日常の生活がそこかしこにみられる。
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お婆さんが腰を曲げて畑仕事をしていた。
何時までもお元気で!
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美山町自然文化村へ移動。
昼食と食後の入浴を楽しんでゆっくりする予定だ。
昼食場所は「河鹿荘」。

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ロビーは広い。
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レストランへ。
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シカ肉料理の『かえで御膳』。
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『京地どり鍋膳』。
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食後は入浴。
鉱泉だと言う。
お風呂は、「軽皇子と衣通姫の湯」(かるのみことそとおりひめのゆ)と名づけられている。
バラが浮いている露天風呂が良かった。
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白川郷の茅葺き屋根は合掌造りだった。
こちらは北山型の入母屋造の茅葺き民家で、趣が違った。

今でもこの村には日常の生活がある。
お婆さんが畑仕事をしていたり、鯉のぼりが立っていたり、お米パンを売っている民家があったりしている。
赤い郵便ポストも懐かしい。
昔の風景がそのままであった。

しかし、囲炉裏を使っていないので茅葺屋根が燻されなくなり30年~40年もった屋根も今では寿命が10年程度にちじまってしまったとか。

次回は青もみじの頃では無く紅葉の頃に来てみよう。