OLAF in 青もみじの京都 (’11年5月19日 修学院離宮見学①)

確か3月の桜を見に来る前だったが、宮内庁に”修学院離宮”の見学申し込みを往復葉書でしておいた。
幸いにも第2希望の見学日・時間が取れて本日見に行く事が出来た。
インターネットの申し込みは間に合わなかったが、葉書の申し込みは大丈夫だった。
申し込み方法毎に許可人数が決まっている様だ。

修学院離宮(しゅがくいんりきゅう)は京都市左京区の比叡山麓にある宮内庁所管の離宮だ。
17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4年))に後水尾上皇の指示で造営された。
桂離宮・仙洞御所とならび、王朝文化の美意識の到達点を示すものとなっている。

修学院離宮は下の案内図の通り、上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかの - )、下御茶屋(しもの - )と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。
各御茶屋の間には田畑が広がり、細い松並木道が各御茶屋を結んでいる。
上御茶屋と下御茶屋は、後水尾上皇(第108代天皇)の指示により、1655年(明暦元年)から1659年(万治2年)にかけて江戸幕府が造営した離宮である。

上・下御茶屋は1884年(明治17年)、宮内省の所管となった。一方、中御茶屋は、同じ頃後水尾上皇の皇女の御所として造営されたもので、1885年(明治18年)に修学院離宮に編入された。


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見学開始20分前に門が開くのでそれまで門の前で待つ。
OLAF 「早く入りたいよ~~~~~~。」
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見学許可の葉書と身分証明書の運転免許証を見せてようやく見学者用休憩室に入れる。
この中で、ビデオを見て予備知識をつける。
お土産を売っている売店もあり、買い物をする人も多くいた。
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見学開始時間になると案内の担当が現れ見学案内を始めてくれる。
見学者はその後についてゾロゾロ歩き始める。

始めに、こけらぶきの屋根に、花菱の彫りがある戸の御幸門(みゆきもん)から下御茶屋 へ入る。
皇族が出入りするときに使う門だそうで、かなりの部分が修理をされているものの歴史を感じさせられる。
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門には花菱の透かし彫りがあった。
ちょうど目の高さにあって、戸が閉じていても、庭園の美しさが垣間見えるという粋な作りだ。
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御幸門をくぐってしばらく歩くと左手に見えるのが、”寿月観”だ。
石でできた緩やかな階段の先に、御興寄がありますが、見学者はここからは入れない。
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”寿月観”の周辺の庭園風景。
池を囲んで青もみじが美しい。
紅葉の頃よりきっと綺麗だ。
風流だ!
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この庭園には灯籠が沢山あった。
この灯籠は袖形灯籠といって、独特の形をした変わった灯籠だ。
火口の周りを囲んでおらず、形は左右対称形では無い不思議なスタイルだ。
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この灯籠は名前はわからない。
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”寿月観”だ。
この看板は、後水尾上皇の自筆とのこと。
建物はこけら葺で入母屋造の建物で、3つの部屋があった。
前の棚の所が風流で有名だそうです。
上段の棚には、空を飛ぶ鶴が三羽と、下段にはランの花が描かれている。
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一の間にあるふすまに描いてある「虎渓三笑(こけいさんしょう)」の墨絵だ。
虎渓三笑の意味は、何かに夢中になって他のことを忘れてしまうことという意味だそうだ。
絵は、話に夢中になって、怖い虎の出る場所を気がつかず通り過ぎてしまって、三人で笑っているところだそうだ。
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周囲を雨戸で閉じるようになっているが、雨戸の格納が楽なように90度回転出来る様な仕組みになっている。
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次の見学先”中御茶屋”へ移動します。
入口の門です。
未だ新しく建て直されたばかりだそうです。

”中御茶屋”は後水尾上皇の第8皇女・光子(てるこ)内親王のために1668年(寛文8年)造営された朱宮(あけのみや)御所が前身である。
朱宮御所は上皇の死後、林丘寺(りんきゅうじ)という寺に改められていた。
1885年(明治18年)、楽只軒(らくしけん)と客殿を含む、林丘寺境内の約半分が宮内省に返還され、修学院離宮の一部となったそうだ。
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楽只軒(らくしけん)と客殿の入口の門。
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楽只軒は前述の朱宮御所の一部で、1668年(寛文8年)頃の造営である。
楽只軒は部屋が6つある古い建物だ。
この写真は、前庭から撮ったもので室内の様子を見ることができます。
修学院離宮の中でも豪華な客殿に、階段でつながっています。
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網干の欄干(あぼしのらんかん)と呼ばれる低い手すりが、西と北の廊下に巡らされています。漁業に使う網を、岸辺に干してある様子を表しているそうです。
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天下の三棚のひとつ、客殿のかすみ棚です。
中央の柱で全部見えませんが、互い違いに組み合わされた大小の棚が、霞のようにみえることから名付けられました。
他にも有名な棚として、桂離宮の桂棚、三宝院の醍醐棚があります。
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西縁北側にある杉戸に描かれている山鉾の絵です。
南面に放下鉾と岩戸山、北面に船鉾が描かれていますが、現在の祇園祭の鉾飾りとは違うようです。
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一の間の杉戸にある作者不詳の鯉の絵です。
鯉が夜な夜な逃げ出してしまうので、後から網の絵を描いたと言う事です。
それ以来、鯉は逃げられなくなったとの事。
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楽只軒の前庭の風景だ。
かつては尼寺だったといいますが、ゆっくりと散歩出来る庭の様だ。
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庭園にある低い松の木で、枝の下から立木で支えられている。
おもしろい形だ。
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下御茶屋、中御茶屋の二か所を見終えた。
かなり歩いた。
これから松の中を歩いて 上御茶屋へ向う。
(次ブログへ続く。)