久し振りの射撃 (’11年3月9日 ニッコー栃木射場)

2月はハワイで遊んでいたので、射撃はほぼ2ヶ月ぶり。
仲間3人でニッコー射場へ射撃に行く。
どのくらい当たるかな?


射場は水曜日は意外に混んでいると仲間が言っている。
東北自動車道を一路栃木へ。
途中”羽生SA”で休憩。

まだ空いている。
手続き。
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射撃に来ている人がそこそこいる。
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梅が咲いている。
今年は梅を見る時間が無かった。
久し振りに見た射撃場の梅。
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頑張っている人達。
我々同様好きな人達がいるものだ!
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射撃を終わって昼食。
少し走ったところに美味しい蕎麦屋があるという。
「そこへ行こう」と言うことで田舎道を走っていく。
川が流れていて、その橋を渡ったところに蕎麦屋はあった。
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田園風景。
水車とヤギ。
ノンビリした風景だ。
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そこに蕎麦屋。
あまり立派な建物ではない。

”八百比丘尼そば”と書いて”おびくにそば”と読むそうだ。
「どんな意味なの?」と店の人に聞いてみると、こんな伝説があると言う。

八百比丘尼(はっぴゃくびくに、やおびくに)は、日本のほとんど全国に分布している伝説。
地方により細かな部分は異なるが大筋ではこの様な物だと言う。

若狭国のとある漁村の庄屋の家で、浜で拾ったという人魚の肉が振舞われた。
村人たちは人魚の肉を食べれば永遠の命と若さが手に入ることは知っていたが、やはり不気味なためこっそり話し合い、食べた振りをして懐に入れ、帰り道に捨ててしまった。
だが一人だけ話を聞いていなかった者がおり、それが八百比丘尼の父だった。
父がこっそり隠して置いた人魚の肉を、娘が盗み食いしてしまう。
娘はそのまま、十代の美しさを保ったまま何百年も生きた。
だが、結婚しても必ず夫に先立たれてしまい、父も年老いて死んでしまった。
終いには村の人々に疎まれて尼となり、国中を周って貧しい人々を助けたが、最後には世を儚んで岩窟に消えた。
京都府綾部市と福井県大飯郡おおい町の県境には、この八百比丘尼がこの峠を越えて福井県小浜市に至ったという伝承のある尼来峠という峠がある。

西方町・真名子「男丸の里」には、この様な哀しくも不思議な八百比丘尼伝説が伝えられています。
八百比丘尼像が安置される「八百比丘尼堂」、八重姫が美しい姿を映したとされる「姿見の池」などが里人によって守られてきました。
八百比丘尼像は、八重姫が18歳の姿のままで800年を生きて、知る人もいない我が身をはかなみ、若狭の国・小浜で、自ら命を絶つときに尼になった自分の姿を2体彫り、1体を生まれ故郷の真名子の里に送ったとされる仏像です。
もう1体の仏像は、現在も福井県小浜市のお寺「空印寺」にまつられています。
真名子八百比丘尼像のほうが、大きく出来ていますが、二つの仏像は、とても美しく、よく似ています。

と言うことだそうだ。
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裏にはこんな池もあった。
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射撃はひどい成績だった。
久し振りだから仕方が無いか・・・

食べた蕎麦は「にら蕎麦」。
茹でたニラがセイロ蕎麦の上に乗っている。
この辺の名物だと言う。
茹でてあるのでニラ臭くは無い。

手打ちそば風で中々の美味しさ。
汁もカツブシでしっかり出汁がとられていて美味。
射場のそばにこんな伝説が残っている場所と、美味しい蕎麦屋があったのは知らなかった。
これから時々寄ることにしよう。