OLAFの東北旅行 (’10/7/30 ②鵜ノ巣断崖・北山崎・三陸鉄道)

いよいよ東北旅行二日目。
朝、やはり雨模様だ。
観光している時は、雨が降って貰いたくないのだが・・・
どうなる事やら。


7月30日

今日は三陸海岸を観光して、ローカル線でリアス式海岸を楽しみ、泊りは奥入瀬渓谷となる。
かなりの距離を走ることになりそうだ。

ホテルで、日本の本州最東端訪問証明なるものを手に入れる。
(日本の最東端の島は「南鳥島」。私達が行ける日本最東端の地は、北海道の「納沙布岬」。本州最東端は宮古市のトドヶ埼灯台(「喜びも悲しみも幾歳月」(昭和32年)の舞台にもなった灯台です。)
100円。
記念に買っておいた。
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朝食。
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走り始める。
田老町にさしかかると三陸地震の大津波で作られた巨大防潮堤が見えた。

昭和8年3月3日、午前2時半すぎ、三陸沿岸は強い地震に見舞われました。
明治の大津波を体験していた人々は、大地震が来たら津波があるものと思って高台に逃げるよう教えられていたのですが、「冬の晴天には津波は来ない」という言い伝えから、ふたたび眠りについてしまった人も多かったようです。
そして3時5分頃、釜石に津波第1波が襲来。4時頃までに6回前後の波が押し寄せました。
この津波により、三陸一帯で3,064人が死者行方不明となりました。
岩手県では田老町(たろうちょう)と唐丹町本郷が特に大きな被害を受け、田老では972人が、本郷では118人が犠牲となりました。
また釜石の市街地では地震と津波の影響による火災が発生し、町は壊滅状態となりました。
三陸沿岸は軒並み震度5の強い揺れを記録したが、明治三陸地震の時と同じく地震による被害は少なかった。
地震後に襲来した津波による被害が甚大であった。
最大波高は岩手県気仙郡三陸町(現・大船渡市)綾里で28.7mを記録した。
この地震による被害は、死者1522名、行方不明者1542名、負傷者1万2053名、家屋全壊7009戸、流出4885戸、浸水4147戸、焼失294戸に及んだ。
特に被害が激しかったのは、岩手県の田老村(後の下閉伊郡田老町、現・宮古市)で、 人口の42%に当たる763人が亡くなり(当時の村内の人口は1798人)、家屋も98%に当たる358戸が全壊した。
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現在、田老町には1982年までに高さ10メートル、総延長2433メートルの巨大な防潮堤が築かれた。
1958年に完成した1期工事の防潮堤は、1960年5月23日に発生・来襲したチリ地震津波の被害を最小限に食い止める事に成功した。
これにより、田老町の巨大防潮堤は全世界に知れ渡った。
ここまでが津波に襲われた跡だと言う。
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鵜ノ巣断崖(うのすだんがい)に到着。
此処は岩手県下閉伊郡田野畑村にある海岸景勝地。
太平洋に沿って標高200mにも及ぶ大規模な断崖絶壁となっており、太平洋に突き出したような地形が特色。
名の由来は中腹にウミウ及びカワウの営巣地があることに因み、鵜ノ巣断崖と名付けられたとされる。
三陸海岸北部を代表する景勝地の一つで、陸中海岸国立公園に属する。


三陸海岸北部一帯は海流の影響などで波が荒れやすく海食、とりわけ波食が活発であり、また太平洋に面しているため、地震活動による津波の影響も受けやすい。
そのため、海岸段丘面の下部がほぼ全面に亘って削り取られたような形となっている。
それゆえ、頂上部は平坦な丘陵地帯を形成するのに対し、ほぼ垂直に切り立った崖が展開される。
また、このような作用から、この鵜ノ巣断崖はほぼ規則的に鋸歯状になっているのも特色である。
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雨は降っていないがガスっている。
墨絵のように景色が見える。
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鵜が飛んでいる姿はまるで見えない。
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次は、断崖北山崎(きたやまざき)。
此処は、陸中海岸国立公園の北方にある断崖絶壁の自然景勝地。
北は黒崎(くろさき)、南は弁天崎(べんてんざき)まで続く高台の中間付近にある。
「やませ」と言われる風や濃霧が海上に発生しやすく、雲のような霧が断崖麓の海面を覆う時もある。

普代村(ふだいむら)と田野畑(たのはた)は、海底から隆起した台地で、火山活動により溶岩が海の方へ流れ出た際、岩が砕け、火山砕屑岩として積もった層が押し出された。
それが氷河や大津波によって削られた断崖地形。黒崎や鵜ノ巣断崖の方は粘性の強い溶岩の跡が崖の背後に間近にあるのに対し、北山崎断崖は、粉砕された火山砕屑岩の堆積層が厚かったため、削り残された奇岩の多い断崖となった。
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浸食された穴がそこかしこに見える。
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レストハウスが建っていた。
手作りのお土産や、珍しい貝殻など展示されていた。
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昼食を食べる。
何処でもホタテ貝が出てくる。
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ローカル電車、三陸鉄道に乗る。
普代駅から久慈駅まで。
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古い電車がやってきた。
勿論単線だ。
三陸鉄道株式会社(さんりくてつどう)は、岩手県にある第三セクター方式の鉄道会社である。通称三鉄(さんてつ)。
国鉄再建法により廃止されることになった国鉄盛線(盛 - 吉浜)・宮古線(宮古 - 田老)・久慈線(普代 - 久慈)、及び旧日本鉄道建設公団で建設中だった吉浜 - 釜石・田老 - 普代を引き受け、1984年4月1日に特定地方交通線の第三セクター化第一号として開業した。
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車内はツアーのメンバーだけだ。
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時々、車窓から海岸線が見える。
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久慈の駅に到着。
そこそこの都会の様だ。
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今夜の宿泊地、奥入瀬渓流へ向かってバスは走る。

東北新幹線(とうほくしんかんせん)は、東京駅から八戸駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の新幹線である。
2002年に既に開業した盛岡-八戸間。
今年、2010年12月4日開業予定の八戸- 新青森間は整備新幹線と呼ばれる区間でありこれで東京 - 新青森間全線開通する予定である。
既に青森付近ではテスト走行も終わっているらしい。
その、高架橋が見える。
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途中休憩のため道の駅”ろくのへ”へ立ち寄る。
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この辺はニンニクの大産地だと言う。
ニンニクが沢山売られていた。
皆さん買う事買う事。
バスの中はニンニクの臭いがプンプン。
こりゃ酷い!
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一路、十和田湖付近の奥入瀬渓流へ。
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奥入瀬渓流ホテルに到着。
此処は温泉。
ユックリ温泉につかろう。
結婚式場があった。
岡本太郎さんのモニュメントが沢山ある。
岡本太郎作「河神」。
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吹き抜けのラウンジには岡本太郎作の大きな暖炉「森の神話」が。
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雨は上がった。
日が出てきた。
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渓流ではなく濁流となってしまっていた。
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夕食はブッフェスタイル。
天婦羅コーナー。
アピオスというお芋もこの辺の名物だそうだ。
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ニンニクの天婦羅も当たり前に出てくる。
関東では信じられない天婦羅材料だ。
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洒落たチョコレートの流れが出来ていた。
マシュマロにチョコレートを付けて食べてみた。
味は?????
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今日で三陸海岸、太平洋側の観光は終了。
明日は、さいはての下北半島観光に移る。
温泉にゆっくり入って疲れを取ろう。