OLAF’S Diary in 京都 (’10/4/3 ①御香宮神社・乃木神社・明治天皇陵  )

今日は土曜日。
「いよいよ桜が満開。」というニュースが流れている。
京都市内は観光客で一杯だろう。
道はグチャグチャに混み、バスも動かない状況が予想をされる。
そこで、伏見桃山方面の散策をしようと思う。
鳥羽伏見の戦いの舞台になった所で、昔を偲びながら桜を見てこよう。


京阪電車で伏見桃山駅まで。
駅を降りるとすぐ傍に御香宮神社がある。

朱色の大きな鳥居が道をまたいで建てられている。
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安産守護之大神として広く崇められている。
初めは「御諸神社」と称したが、平安時代貞観四年(862)九月九日に、この境内から「香」の良い水が湧き出たので、清和天皇よりその奇瑞によって「御香宮」の名を賜った。
豊臣秀吉は天正一八年(1590)願文と太刀(重要文化財)を献じてその成功を祈り、やがて伏見築城に際して、城中に鬼門除けの神として勧請し、社領三百石を献じた。
その後、徳川家康は慶長十年(1605)に、元の地に本殿を造営し社領三百石を献じた。
慶応四年(1868)正月、伏見鳥羽の戦いには、伏見奉行所に幕軍が據り、当社は官軍(薩摩藩)の屯所となった。
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本殿(国指定重要文化財) は慶長十年(一六〇五)、徳川家康の命により京都所司代坂倉勝重を普請奉行として着手建立された。
大型の五間社流造で屋根は桧皮葺正面の頭貫木鼻や蟇股、向拝の手挟に彫刻を施し、全て極彩色で飾っている。
絢爛豪華な桃山文化を代表する大型社殿。
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桐唐草。
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鳩に松。
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絢爛豪華な桃山文化の建物を桜が取り巻いている。
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名前にもなっている御香水の碑。
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明治天皇稜に行く道に日露戦争で活躍し、殉死した乃木希典大将を祀る乃木神社があった。
寄ってみる。
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碑が建っていた。
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拝殿を取り巻いている桜の花。
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乃木希典が少年時代に住んでいた家が移築されていた。
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明治天皇陵を目指して桃山丘陵をダラダラ登っていく。
途中に工事中に出土した桃山城の石垣の石が置いてあった。
御陵さんは、もとは伏見城の本丸跡地だった。
ノミでの石の削り跡が生々しい。
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登りきると稜が広がります。
広い。
上円下方式の御陵。
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違う道からくると、2百段以上の階段を上ってこなくてはなりません。
丘陵の高台から街がよく見えます。
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さていよいよここから伏見桃山城へ行く。