OLAF’S Diary in 京都 (’10/4/11 賀茂曲水宴)

4月第二週の日曜日は、色々な行事が行なわれる。
醍醐寺では「豊太閤花見行列(ほうたいこうはなみぎょうれつ)」、今宮神社では「やすらい祭り」、上賀茂神社では「賀茂曲水宴(かもきょくすいのえん)」等々。

さて、京都滞在も今日一日。
明日は半月の京都滞在を終え東京へ帰る。
どの行事に行ってみるか?
悩み所だ。


雨は降っていないが、今にも降りそうな曇天。
「賀茂曲水宴(かもきょくすいのえん)」へ行く事にしよう。
源氏物語に出てくるような、雅な雰囲気を味わえるのでは。

曲水宴はその起源を遠く支那(中国)の周の時代に発し、元々3月上巳日に水辺に出て禊祓を行う行事でもあったが、我が国では顕宗天皇元年(485)に始めて所謂宴会と作詞とに重点を置いて行われ、上賀茂神社では寿永元年(1182)3月3日に神主重保が催したのが最初で、後に大永6年(1526)に細川高国が境内姥ヶ懐で催すなどしている。

京都紫野ロータリークラブが平成5年度社会奉仕事業の一環として、園の整備とその保存会結成に努められ、平成6年3月27日皇太子殿下御成婚・平安建都1200年・上賀茂神社第41回式年遷宮の奉祝記念事業に「賀茂曲水宴」として復活され本年第17回を迎える。

一の鳥居を入って、右のしだれ桜。
”齋王桜”が満開だった。
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細殿(拝殿)前に 、”立砂(たてずな)”とよばれる円錐形の盛り砂が二つ並んでいる。
桜との対比が今でなければ見られない景色になっている。
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”神馬舎”に馬が繋がれていた。
人参の餌をあげる。
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”かもぜんざい”の接待が行われていた。
なかなか美味。
今11時半。
開始が午後一時なので昼食を食べる時間がない。
ちょっとした繋ぎ。
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会場は庭園” 渉渓園”。
上賀茂神社境内奈良の小川東岸又摂社賀茂山口神社前庭に位 置する約500坪の地で、古くは神宮寺の小池が存した所と伝える。
準備はほぼ終了していて、開場を待っている状態だ。
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歌人の席も出来ていて、硯などが置いてある。
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お香も炊かれている。
”薫物”と言うそうである。
”梅花”と言う名が付いている。
”雅楽の舞台”の横で炊いている。
時折風に乗って良い香りが漂ってくる。
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本殿でお清めを終えた後、主催者の”齋王代”等が登場する。
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”十二単衣”の”齋王代”。
二人の童女を隣に座らせ、一同着席。
歌人もそれぞれの名前の書いてある傘の下に着席した。
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”歌題披露”。
齋王代が当日の歌題を披露する。
今年の歌題は”落花”
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”羽觴(うしょう)(雀にかたどって、翼の形をつけた杯)”を曲流に流し、雅楽、琴の演奏が雅。
途中で引っかからないように竿で世話をする童子。
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歌人は鮮やかな筆さばきで短冊に歌を書きあげていく。
どなたも著名な歌人だ。

米田 律子。
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河野 裕子。
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永田 和宏。
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流れていく”羽觴(うしょう)”。
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羽觴を受け取り酒を飲む。
童子が拾い上げ、神官がお酒を注ぐ。
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歌が書きあがると、短冊を回収する。
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冷泉家の人々が和歌朗詠する。

神山ゆ風渉るなり呼ぶ声のはるかにて花落つるときのま
湖の北行く旅の水に沿ひ水に離りて落下の頻り
                     永田 和宏


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曲水宴が終了すると野点の接待がある。
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源氏物語の世界を覗いた様な気がする。
現代では忘れがちな人間の五感を研ぎ澄ませ目で優雅な姿を見て、耳で雅楽や朗詠を聞いて、鼻で平安の香りを嗅いで、雅の世界を楽しめた。

お土産にここの名物の”やきもち”を買って帰った。
下鴨神社は”御手洗団子”だったが。


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