OLAF’S Diary in 京都 (’10/4/8 石清水八幡宮・背割堤の桜)

今日は雨はあがったが、どんより曇った日。
昨日とは打って変わってものすごく寒い。
コート無しでは歩けない。
そんな天候の中、今までに行った事がない、八幡市を訪ね石清水八幡宮と背割堤の桜を見てくる。
背割堤の桜は、綺麗と評判である。


京阪電車本線「八幡市(やはたし)」駅下車、西側にある男山ケーブル線「八幡市」駅からケーブルに乗車し「男山山上」駅まで登る。
可愛らしいケーブルだった。
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山頂駅からダラダラ坂を登っていく。
「南総門」へ到着。
現存している「南総門」は他の主要な社殿と同様、寛永11年(1634年)に三代将軍徳川家光によって建造されたものといわれている。
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総門をくぐって、境内に入る。
振り返るとそこに満開の桜が。
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参道奥に回廊に囲まれた「社殿(本殿)」が見える。
工事中で、社殿右側には、シートが掛けられていた。
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「社殿」は、回廊で周りを取り囲まれている。
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回廊の西側は”塗り塀”で仕切られていた。
歴史を感じさせる”塗り塀”だった。
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「社殿」の北西側に高床式の建物「校倉(あぜくら)」が建てられている。
経蔵に使われているらしい。
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総門を出ると「三の鳥居」まで、石造り灯籠が並んで建てられている。
かなりの数。
この八幡宮の御利益を信じて寄進した人たちが多くいたのであろう。
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「エジソン記念碑」が立っていた。
何故こんな所にエジソンの記念碑?

説明文書によると、エジソンが白熱電灯のフィラメントの材料を世界中に求めた結果、石清水八幡宮境内の真竹が最も優れているのを見出し、この竹を用いて初めて実用的な白熱電灯を完成したといわれている。
このことを顕彰するため、神社の境内に昭和9年(1934年)に最初の記念碑が建てられたようである。
その後、昭和59年(1984年)に現存の新しい「エジソン記念碑」が再建された。
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山頂は、公園のようになっていて、モニュメントが立っていた。
その傍の、枝垂れ桜が満開であった。
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2階建ての休憩所から眺めた桜。
休憩所で名物の「走井餅」と抹茶で一休み。
この後は、背割堤の桜を見に行く。
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ケーブルカーで下ってくると、眼前に木津川、背割堤の桜並木、橋が見える。
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駅から歩くこと10分。
木津川をまたぐ橋に来ると対岸に背割堤と桜並木がみえる。
背割堤は、八幡市駅からに北に1キロのところにあり、木津川と宇治川を分ける全長1,300メートルの細長い堤防公園で、堤防の両側に桜の木が帯状に植えられている。
堤の上は桜のトンネルになっている。
背割堤とは合流する二つの川を分流させ流量を調節するもので、これが無いと片方に流れが集中してしまい被害を出すことになる。
先人の知恵で作られたものだそうだ。
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お花見客がめいめいに河原でお弁当を広げている。
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桜祭りが行われていた。
堤の上の桜のトンネルを歩く。
寒いが、なかなか素晴らしい桜のトンネルだ。
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四条まで帰ってきたら高瀬川の周りの桜が散り始めていた。
昨日までは花はしっかりしていたが、今日はピンクの花吹雪が凄い。
ソメイヨシノはそろそろ終わりかな。
花弁が溜まっている橋はこれまた今までと違う趣が漂っている。

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