OLAF’S Diary in 京都 (’10/4/6 千本ゑんま堂 )

時間が出来たので、普賢象桜で有名な千本ゑんま堂まで出かけた。
ここは、一昨年来た事があるが夏だったので桜は見ていない。
バスで千本鞍馬口まで移動。

千本通は、平安京の中央に造られた「朱雀大路」のこと。
朱雀大路の先にあるのが船岡山である。
この山の西北側一帯はその昔、東山の鳥野辺、北山の仏野とならび、京都の三大埋葬地の一つの蓮台野の入り口。
この葬地へ向かう道が千本通で、埋葬地につきものが卒塔婆。
道に沿って立ち並ぶ卒塔婆の数は数百、いや数千本を数えたのであろう。
やがて、この道を「千本通」と呼ぶようになったとか。


入口には大きな閻魔大王のお姿が。
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このお寺は、正式名を引接寺という。
冥界と出入りし、閻魔様に仕えていたと伝わる小野小野篁が開基。
本堂に祀られている閻魔法王は、長享2年(1488)の定勢の作であるという。
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万倍の御利益が頂ける閻魔大王のお湯呑み茶碗
下からお賽銭を投げいれようとチャレンジ。
入らず!
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霊を慰めるためのお地蔵さんが沢山祭られている。
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「紫式部供養塔」がある。
十重の石塔で高さ6m。
重要文化財。
紫式部供養塔は、雲林院の末院で雲林院村の東南に位置していた白毫院にあったが、応仁の乱で荒廃し、天正年間に千本ゑんま堂(引接寺)に移さたと伝わっている。
こお寺は、小野篁(おののたかむら)を開基としている。
小野篁は平安時代初期の公卿、文人であり、閻魔様に仕えていたため、この世と地獄を行き来したという伝説をもつ人物でもある
そんな所から、紫式部のあの世での不遇な姿を見て成佛させんがために建立した供養塔と伝えられている。
(源氏物語の中で、人をさんざん惑わしたので地獄に送られたとか?)
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一昨年来た時にはなかった紫式部の銅像
新たに作られたようだ。
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数本の普賢象桜が植えられており、4月初旬からぼってりとした美しい花をほころばせる。
ところが、今年は未だ咲いていなかった。
残念。
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蕾は大きく膨らんでいたが今一つ。
お寺の住職の話では、「御室の桜と同じようなタイミングで開くので御室の桜の情報を気にされた方が。」と言うことらしい。
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普通桜の見ごろと言えば、満開を指すのだが、千本ゑんま堂の桜の見頃は少し異なる。
それは、”千本ゑんま普賢象桜は、船岡山刑場の麓に植えられており、花冠のままぼとりと落ちる。
この桜の散り姿を囚人に見せ、斬首を連想させることで囚人に「仏心を起こさせた。」と伝わる。
その写真が飾ってあった。
こんな桜を見てみたかった。
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”二尊院普賢”と言う桜も蕾が膨らんでいた。
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”琴平”と言う桜は、可憐な花を付けていた。
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残念ながら千本ゑんま普賢象桜は見る事が出来なかった。
いつか、また見に来よう!