Olaf'sDaiaryInHonolulu(‘09/6/28pali hwyでカエルア、カネオヘ)

本日は、お友達がドライブに招待してくれました。
何時ものバス旅行では無く、自家用車で観光に連れて行っていただける。
バスで行くには不便な所をピックアップ。


朝、ダブルの虹がコンドの窓から綺麗に見えた。
さすが、レインボー・タウン。
今日は良いことが有りそうだ。
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コンドへピックアップに来て頂いた。
Pali Hwyでカイルアへ向かう。
途中でクイーン・エマ夏の宮殿に寄ってもらう。
今日は日本語のボランティアさんが日本語で説明して頂ける約束になっている。
前回は、日本語パンフを見ながら見学したが、理解不足だった。
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看板を右に曲がり、宮殿の前に。
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日本語ボランティアのミヤケさんが迎えてくれた。
この宮殿のそばに住んでおられ、ビショップ・ミュージアムでもボランティアガイドをされているそうだ。
魅力的な素晴らしい方だ。
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1855年にカメハメハ3世王の跡を継いだカメハメハ4世王は、ジョン・ヤングの孫であるエマ・ルークと結婚しました。
二人は非常に教育があり、お洒落でヨーロッパの貴族と親交を保ちました。
1858年、アルバート王子が誕生しました。
カメハメハ大王の血筋を引くハワイの王子として非常に期待されましたが、アルバート王子が4歳で亡くなると、王は、そのショックで病気になって回復の気力もなく1863年に死亡しました。

その3人が夏を過ごした宮殿が、この場所です。
中には、当時の写真や手の込んだ机、寝台、椅子等が飾られ、その頃の生活がよみがえります。
特にカメハメハ4世とクイーン・エマのかけがいの無いアルバート王子の遺品は心を打たれるものがあります。
王子は消防士になりたかったとの事で、小さい赤い消防士の服や靴が飾られ涙を誘います。
明治天皇から送られた伊万里の大きな壺が飾られていましたが、ただ単に台の上に置いてありました。
ミヤケさんは「この前の様な地震が来たら倒れて壊れてしまう。」と心配をされていました。
ミヤケさんの丁寧なガイドのお陰でよく歴史が分かった気がします。
ミヤケさん、有難う御座いました。

傍の集会室でカヒコ・フラの練習をしている人がいました。
有名なクムが指導をされているとか。
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この宮殿から歩いて数分の所に大神宮が在ります。
ホノルルには4宗派からなる神社があるそうです。
出雲大社(島根・出雲大社)、金刀比羅神社(讃岐・金刀比羅宮)、大神宮(伊勢神宮)、石鎚神社(四国・石鎚神社)です。
最も早く布教を始めたのが、ハワイ大神宮だそうです。
入口には他の神社の様な鳥居はありません。
あうんの狛犬が大神宮を守っています。
OLAFはこれで4つ総てのお参りを済ませたことになります。
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1$のお賽銭をお賽銭箱に入れて、2礼2拍手1杯でお願い事をしました。
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ここにもお守りが置かれていました。
やはりハワイらしいお守りです。
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ここの大神宮には獅子が置かれていました。
初詣等ではきっと獅子舞が行われるのでしょうネ。
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次は、天国の海”ラニカイ・ビーチ”へ行きます。
海へ続く小道を通って行くと、目の前に綺麗な空と真っ青な海が広がります。
日曜のせいか、この前来た時より多くの人が海を楽しんでいました。
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カネオヘへ移動します。
平等院へ行きます。
前回は大雨に降られましたが、今日は良い天気です。
ハワイの平等院は宇治の平等院のレプリカで、1968年に建てられました。
ハワイの日系移民の歴史は、明治元年(1868年)にやってきた「元年もの」とも呼ばれる149人の日本人移民と共にはじまります。
日系人は戦前の過酷な労働状況、日米開戦下の苦難をばねにして、戦後にようやく確固たる社会的地位を手に入れました。
そんな日系人移民の移民100年を記念して作られました。
平等院ですが、超宗派の事業であったため、堂の内部に入ると、各宗派の紋が飾られています。
中には、キリスト教の紋まで飾られているのが面白い。

すぐ後ろには高く聳え立つコオラウ山脈があり、日本の平等院とはまったく別の雰囲気をかもし出しています。
日本では絶対に見る事の出来ない風景が好きです。
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池の付近には孔雀が歩き廻っていました。
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南国の花が飾られた仏像が輝いていました。
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虹で始まった一日が、真っ赤な夕焼けで終わります。
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バスではとても動けない所を、連れって行ってもらえて、最高でした。