OLAF’S Diary in 京都 (’09/3/21 知恩院の桜)

花灯路の夜の散策で無く、昼に知恩院を散策した。
ソメイヨシノはまだまだの様だったが、枝垂桜は満開の見頃だった。


八坂神社を通って、知恩院へ行く。
境内には夜の花灯路散策では気が付かなかったが、桜がちらほら咲き始めていた。
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知恩院へ到着。
知恩院は、浄土宗の総本山。
鎌倉時代に法然上人が住み、念仏の教えを説いたお寺。
江戸時代、徳川家光公が御影堂を、徳川家光公が三門を建立して、現在の寺の形になった。
壮大な三門が迎えてくれる。
国宝に指定されており、現存する木造の寺門では最大。
普通寺院の門は山門と書くが、知恩院の門は、空・無相・無願という悟りに通じる
三つの解脱の境地を表わす門(三解脱門)との意味があり「三門」と表記されている。
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男坂、女坂があり勾配の緩やかな女坂を上って行く。
途中に「友禅苑」がある。
友禅苑は、東山の湧き水を引き入れた庭園と枯山水の庭園とで構成された昭和の名園ということだ。
”枝垂れ桜今見頃”という張り紙に促されて、中に入ってみた。
入口を入ると池に観音像が立っている。
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茶室「白寿庵」入口の門。
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茶室の庭にがは灯篭が立っている。
趣のある庭だ。
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白木蓮の花が満開。
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枝垂れ桜も満開。
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女坂を登り切ると、知恩院の境内に到着。
阿弥陀堂。
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入口の門の傍に桜が咲いていた。
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宝佛殿。
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本堂。
寛永16年(1639年)徳川3代将軍徳川家光によって建立。
宗祖法然の像を安置することから、御影堂(みえいどう)とも呼ばれる。
入母屋造本瓦葺き、間口44.8メートル、奥行34.5メートルの壮大な建築で、江戸幕府造営の仏堂としての偉容を示している。
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経蔵。
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「方丈庭園」に入ってみた。
方丈庭園は江戸時代初期に小堀遠州と縁のある僧玉淵によって作庭されたと伝えられる。
池と燈篭が美しい。
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大方丈(おおほうじょう)の傍に枝垂れ桜が満開になっていた。
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大方丈の奥に小方丈がある。
将軍が上洛された時に泊まる所だった。
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権現堂があり徳川家康、秀忠、家光の三代の霊を祀っている。
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石仏塔が立っている。
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山亭に入ります。
勢至堂客殿として、霊元天皇の第10皇女 吉子内親王の宮殿を御下付、移築されたものです。
山亭庭園は、江戸末の様式を残しており、京の町並みが一望出来る名園です。
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二代将軍 徳川秀忠の長女、千姫のお墓がありました。
幼くして、豊臣秀吉の息子 秀頼の元へ嫁ぎますが、大阪の陣により徳川家の元へ保護されました。
その後、姫路城主 本田忠政の嫡男 忠刻のもとへ再嫁しますが、忠刻らの病死により、弟の三代将軍 徳川家光の元へ戻ります。
千姫は出家して天樹院と号し、江戸の竹田御殿で余生を過ごしたといわれています。享年70歳。
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御廟がありました。
高台に廟舎があり法然上人の分骨が祀られている。
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早咲きの桜が見られました。
枝垂れ桜は今盛りなりでした。