OLAF’S Diary in 京都(’08/08/1 八朔)

祇園祭が終わってしまったが、8月1日は八朔だそうです。
八朔とは、祇園花街では、芸舞妓さんが日ごろお世話になってらっしゃる芸のお師匠さんや、お茶屋さんにお礼を兼ねて挨拶周りする日なんだそうです。
午前10時頃から正午過ぎまで、祇園甲部一帯で綺麗どころの挨拶周りの姿が見る事が出来るそうです。
そこで、OLAFはカメラ片手に白川巽橋へ出かけた。


白川巽橋方面は初めて足を踏み入れる事となった。
地図を片手に、鴨川に白川が流れ込む所から新橋方面に行くことにした。
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弁財天が祭ってあった。
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白川南通り沿いに歩いて行くと、鷺が休んでいた。白川はきれいな川の様だ。
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吉井勇の歌碑が建っていた。
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(歌人、劇作家として知られる吉井勇は1886年(明治19年)に東京に産まれる。
伯爵家の出ながら放蕩の生活を好み、北原白秋、石川啄木らと親交を結ぶ。
京都を愛し、1938年(昭和13年)から1960年(昭和35年)に亡くなるまで京都で暮らしいた。
この間、都おどりの復興など祇園のために力を尽くした。
この碑は吉井勇の古希を記念して建てられたものである。
この場所は文芸芸鼓として知られ、また吉井勇と親交のあった磯田多佳女が女将を務めていたお茶屋「大友」の跡であり、碑に刻まれている歌もここで詠まれたものだと言う。
『かにかくに 祇園は恋し 寝る時も 枕の下を 水のながるる』

巽橋のすぐ近くにあるこの神社は、辰己稲荷と紹介されることもあるように稲荷社と思われ勝ちだが、実は狸を祭神として祀っている。
昔、巽橋にいたずらな狸が棲んでおり、橋を渡る人を化かしては川の中を歩かせていた。
難儀した人々はこの狸の為に祠を建て神様として祀ったところ、いたずらは止んだという。今では芸事の神様として祇園の舞妓達の信仰を集めている。
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舞妓さんの挨拶回りが始まった。
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芸舞妓さんは黒紋付で、後姿の舞妓さんの襟足は三本筋です。
この襟足と黒紋付はお正月と八朔の日のみの正装だそうです。
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『おめでとはんどす。』といった挨拶が交されている。
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新橋通 。
この通りは両側に伝統的な建物が並び、昔ながらのお茶屋街らしい風情を保っている。
この地区は、祇園新橋伝統的建造物群保存地区に指定されており、四条以北では最も風情ある町並みが残されている地域である。
祇園の中の祇園と言うべき場所であり、程よい狭さが祇園らしい風情を醸し出している。
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(夜の風景です。)
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(夜の風景です。割とリーズナブルな価格表が並んでました。)
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お昼頃になると、マニア・カメラマンもいなくなってしまいました。
もう、挨拶回りは終わりなんでしょう。
沢山の綺麗どころを見られました。
舞妓さんは暑い中涼しげに歩いていました。
ただ、タクシーで乗り付ける芸子さんとか女将さんもいましたゾ~~~。
(ビックリしたのは、追っかけの爺さん婆さんカメラマンが綺麗どころの何倍もいました!!)
OLAF、ラッキィ~~~~~でした。