OLAF’S Diary in 京都(’08/07/26 広島小旅行・市内観光②)

午後から、市内観光へ。
原爆ドームがメインかな?(これも世界遺産だそうです。今日厳島神社とドームと二つも世界遺産を見てしまいます。)

縮景園から、観光開始です。
縮景園は、広島藩主浅野長晟(ながあきら)が、元和(げんな)6年(1620)から別邸の庭園として築成されたものだそうです。
園の名称は、幾多の景勝を聚め縮めて表現したことによるそうです。
また、中国杭州の西湖を模して縮景したとも伝えられています。
園の中央に濯纓池(たくえいち)を掘って大小10余の島を浮かべ、周囲に山を築き、渓谷、橋、茶室、四阿(あずまや)などが巧妙に配置され、それをつなぐ園路によって回遊できるようになっていました。
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清風館は庭園のほぼ中央にあり、庭園の結構にふさわしい数寄屋造りで、屋根はこけら葺きでした。
西側は優雅な書院造りの様式をそなえており、東側には花頭窓を設け跨虹橋を臨んでおります。
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ここにも、原爆の影が大きく残っていました。
縮景園は空襲時の市民の避難先に指定されていたため、被爆直後の園内は多くの被災者であふれたそうです。
そのまま命を落とした被爆者の遺体は、荼毘の火が米軍機の目標になることを恐れて火葬されず、園内の丘に埋葬されたそうです。
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虹跨橋は濯纓池を南北に結ぶ太鼓橋で、縮景園を象徴する名橋です。
優美であると共に堅固で原子爆弾の破壊を免れたそうです。
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亀は本物です。鶴は作りものです。
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次はひろしま美術館です。
地方の美術館など見ても仕方がないのでは?と、思っていましたが・・・・
所蔵作品は、フランス印象派を中心としたヨーロッパ近代美術と明治以降の日本の油彩画が充実していました。
本館(第1展示室から第4展示室)には、フランス印象派を中心にロマン派からエコール・ド・パリまで ヨーロッパ近代美術150年の歴史を通観できるよう約90点を常設展示されており、驚きました。
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いよいよメインの平和記念公園です。
<原爆ドーム>
1945年8月6日午前8時15分(投下が15分で、爆発は16分ともいわれる)、原爆ドームの南東上空約600mの地点で原子爆弾(リトルボーイ)が炸裂した。
原爆炸裂後、建物は0.2秒で凄まじい熱線で包まれ、0.8秒後衝撃波に近い猛烈な爆風が襲い、1秒もかからない内に瞬間的に崩壊したと推定される。
3階建ての本体部分はほぼ全壊したが、中央のドーム部分は全壊を免れ外壁を中心に残存した。
1996(平成8)年12月「世界遺産条約」に基づきユネスコの世界遺産一覧表に登録されました。
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<平和の鐘>
この梵鐘・鐘堂は、平和を願う万人の心と浄財を結晶させて、つくりました。
この鐘の音を広島から世界のすみずみまで、ひびきわたらせ、全人類のひとりひとりの心にしみわたらせることを願っております。
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<原爆供養塔>
爆心地に近いこの付近には遺体が散乱し、また、川から引き上げられたものなど、無数の遺体が運ばれ、荼毘にふされました。
1946(昭和21)年市民からの寄付により、仮供養塔、仮納骨堂・礼拝堂が建立され、その後10年経った1955(昭和30)年広島市が中心となり、老朽化した遺骨堂を改築し、各所に散在していた引き取り手のない遺骨もここに集め納めました。
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<原爆の子の像>
佐々木禎子さん 2歳の時被爆した佐々木禎子さんは、幸いけがもなく、元気で活発な少女に成長しました。
ところが、10年後の小学校6年生の時に突然白血病と診断され、8か月間の闘病生活の後、1955(昭和30)年10月25日に短い生涯を終えました。
禎子さんは「鶴を千羽折ると病気が治る」と信じ、薬の包み紙や包装紙などで1,300羽以上の鶴を折り続けました。
病気を乗りこえ、懸命に生きようとした「サダコ」の物語は、ヒロシマの悲劇の象徴として、日本だけでなく海外でも広く語り継がれています。
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<平和の灯(ともしび)>
全国12宗派から寄せられた“宗教の火”、溶鉱炉などの全国の工場地帯から届けられた“産業の火”が1945(昭和20)年8月6日生まれの7人の広島の乙女により点火されました。
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<原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)>
「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」(雑賀(さいか)忠義(ただよし))本人揮ごう。
中央の石室には、国内外を問わず、原子爆弾に被爆し、亡くなられた方の名前を記帳した原爆死没者名簿が納められています。
名簿は関係者の申し出により書き加えられ、2007(平成19)年8月6日現在で、91冊(253,008人の名前が記帳された90冊と「氏名不詳者 多数」と記された1冊)になっています。
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定期観光バスを降りて、夕食にしました。
新幹線の名店街で広島名物で締めようということになり、広島風お好み焼きと焼き牡蠣を食べました。
焼き牡蠣は美味でした。
お好み焼きはふくすけソースは甘く、マヨネーズまで付けるとは??
味は・・・・・・
それなりのモノでした。
でも、これが広島名物です。
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今年も8月6日が近づいて来ました。
原爆資料館の展示物は、目を覆うような物ばかりで、直視出来ませんでした。
また追悼式典が行われることでしょう。
いつもTVのニュースで見るだけでしたが、今年は例年とは違う思いで見る事になるでしょう。
外国人も沢山展示物を見ていました。
ただ一つの被爆国から世界に発信し続ける事は必要な事と痛感しました。