OLAFの新橋演舞場スーパー歌舞伎見物(’08/03)

スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』を新橋演舞場に見物に出かけた。新橋演舞場の歌舞伎見物は昨年の5月大歌舞伎以来。スーパー歌舞伎は3年前の『ヤマトタケル』を見てから以来。今年も又同じ出し物。市川右近さんのヤマトタケルを楽しもう。スーパー歌舞伎は舞台のしつらえ、音楽、役者さんの着物等々普通の歌舞伎とは一味違う。OLAFはこちらの方が好きだ。

歌舞伎座とは一味違った入り口。演舞場の方が椅子の前との距離も大きくて見物が楽。

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入り口の看板

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やはり、人気があると見えてかなりの混雑。
今回は2階の最前面。花道も良く見えてけっこうけっこう。
開演をわくわくしながら待っている。

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1986年2月、歌舞伎俳優・市川猿之助によって『ヤマトタケル』が初演されました。
それは同時に“スーパー歌舞伎”という今までになかったまったく新しい歌舞伎の伝説の始まりでした。
『ヤマトタケル』は公演開始と同時に話題と反響の嵐を巻き起こしました。
その後、動員回数や公演数を伸ばし続け、1998年までの実に15ヶ月間、564ステージ上演いたしました。
そして2005年3月、市川猿之助率いる澤瀉屋一門の市川右近、市川段治郎のダブルキャストによる『ヤマトタケル』が誕生いたしました。
日本神話のヤマトタケルの波瀾に満ちた半生を雄大な構想と独創的なドラマとして構築した本公演は熱狂的な支持を受け、4ヶ月間144ステージは成功のうち幕を閉じました。
その右近・段治郎コンビによる『ヤマトタケル』が2年ぶりに帰ってきます。
今回は2008年3月の新橋演舞場公演を皮切りに4月博多座、5月大阪松竹座、6月中日劇場と実に4ヶ月に亘る超ロングラン公演となります。
更なる進化を遂げる右近・段治郎の『ヤマトタケル』、どうぞご期待下さい。

(歌舞伎HPより転載)

物語のあらすじは、以下の通り。

一幕目
日本がまだ国家として成立する以前のこと。
謀反をたくらむ双子の兄大碓命(おおうすのみこと)と口論の末、兄を誤って手にかけた小碓命(おうすのみこと)<市川右近>は、父帝の怒りを買い、未だ大和に従わない熊襲の征伐に行かされることになった。
踊り女に変装した小碓命は熊襲の首領タケル兄弟を征伐。
熊襲タケルは敵ながらその勇気を称え、ヤマトタケルの名を与えるのだった。

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(市川右近さん)

ここで、幕間の食事タイム。いつもの様に、買ってきたお弁当と一杯を楽しむ。

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あっという間に30分が経ち、開演。(もう15分程度長くしてくれれば、ゆっくり食事も楽しめるのに!!)

二幕目
見事熊襲征服を果たし大和に帰ったタケルだったが、父帝の許しは得られず、さらに蝦夷征伐を命ぜられる。
蝦夷征伐は苦難の連続で、走水では愛する弟橘姫<市川春猿>までも犠牲になった。

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(市川春猿さん)

春猿さんは、TVで見たが養成所を出てスターに駆け上がった若い役者さん。未だ若いし女形も綺麗。

三幕目の開始前、館内をぶらぶらする。

市川猿之助さんが書いた芝居色紙絵が飾ってあった。なかなかの出来栄え?

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桜の季節。造花が飾ってあるが、今ひとつ。

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あれ、OLAFそんな所で遊んでいてはいけません。もうじき開演ですゾ!

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三幕目
ついに蝦夷を平定し、凱旋の途中タケルは尾張国に立ち寄った。
国造の娘みやず姫に出会い、傷心を慰められたタケルであったが、父帝から再び大和への帰途、伊吹山の山神を退治することを命じられる。
伊吹山の神を甘く見たタケルはみやず姫の元に宝剣草薙剣を置いたまま伊吹山に向かう。
苦戦しながらも伊吹山の神を倒したタケルだったが、自身も深手を負ってしまう。
懐かしい故郷の大和を夢に見ながら、道半ばでタケルの命は尽きてしまう。やがてタケルの魂は真っ白な大きな鳥となって昇天していくのだった。

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空中に舞う姿はいつ見ても楽しい。

2005年のパンフ。構成は変わってない。役者さんも代わっていない。これが伝統を生んでいくのか。

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大満足の夜でした。