OLAFの吉野千本桜花見と伊勢湾クルーズの旅①(’07/4)

OLAFは3月に見た歌舞伎、義経千本桜に刺激され、吉野山の桜見物をしたくなりツアーに参加した。
歌舞伎の『義経千本桜』は吉野山の千本桜がバックに綺麗に描かれており何としても見てみたい。
結果、吉野山の下千本・中千本・上千本が、調度タイミング良く満開の4月8日にお花見が出来た。大ラッキー!!
旅の工程は一日目:東京駅⇒浜松駅⇒伊良子岬⇒(フェリー)⇒鳥羽港⇒伊勢神宮参拝⇒伊勢志摩ロイヤルホテル泊 
2日目:ホテル⇒吉野千本桜⇒長谷寺⇒名古屋駅⇒東京駅とかなりハードなスケジュール。

4月7日(土)新幹線で浜松まで移動。
朝食は新幹線で取る。
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(新幹線に乗るOLAF)
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(朝から一杯とおつまみ。)
浜松駅で待っていた観光バスに乗り込む。
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向かうは、渥美半島の先っぽ。恋路が浜・伊良子岬。
恋路が浜が車窓に浮かぶ。
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恋路が浜の伝説(哀しい伝説の舞台)
伊良湖岬灯台から太平洋に面して日出の石門まで約1km。
太平洋の荒波を受けて湾曲する美しい砂浜が、恋路ケ浜です。
潮に乗った流木や時には遠い島から椰子の実が流れ寄り、腰をおろすとさまざまな貝殻が花のように散っています。
昔、恋ゆえに都を追われた男女がいました。
女はこの浜に、男は裏浜に人目をさけて住み、ふたりは逢瀬もままならないまま病に倒れ、お互いの名前を呼びながら亡くなりました。
その女の心は女貝に、男の心はミル貝になったという伝説が、恋路ケ浜の由来です。

海岸線を背景に建つ、日本の百選モニュメント。ここ恋路ケ浜は4つのジャンルの「日本の百選」に選ばれています。
傍らを通る渥美サイクリングロードが「日本の道百選」に、白い砂浜が「日本の渚百選」に。また、松林の続く風景が「日本の白砂青松百選」に、潮騒の音が「日本の音風景百選」に、それぞれ選ばれているのです。
さまざまな魅力が重なりあう場所だということが、うなづけます。
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願いのかなう鍵
「椰子の実」の歌詞にある「遠き島」を石垣島にみたて、毎年、石垣島からプレートをつけた椰子の実を流す試みがなされてきました。
そして14年目にしてはじめて、2001年8月3日、渥美半島の浜辺に椰子の実の漂着が確認。このことを記念して、この地を訪れた人々の願いがかなうようにと、「願いがかなう鍵」が恋路ケ浜駐車場横に設置されています。
「ずっと一緒にいようね」「幸せになれますように」などのメッセージを書いて、カップルたちが思い思いに願いをかける、ほほえましい姿が見られます。
あなたの願いも、この鍵に託してみてはいかが? な~~~~んて!
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「名も知らぬ 遠き島より 流れよる 椰子の実ひとつ」
誰もが口ずさんだことのある、島崎藤村作詞による国民歌謡「椰子の実」。
この歌が、伊良湖の風景を歌ったものだと知っていましたか?
「椰子の実」誕生を物語る記念碑があります。
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名物の大あさりを提供する店が多いようです。
直径が7、8cmもあるでしょうか、大きな大きなあさりが湯気をたててお皿に並べられてきました。
強い歯ごたえと、潮の香り。
噛むほどに、ジューシーな磯の汁が広がります。美味しかった。
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「道の駅・伊良湖」は海と陸を結ぶターミナルです。
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1階にやしの実博物館が有りました。
南の島から流れ着く椰子の実をメインテーマに、渥美半島の歴史や文化、自然が分かりやすく紹介されています。
椰子の実が生活全般に深く関わっているインドネシアでは、椰子の実製品がバリエーション豊か。(ハワイでしか椰子の実を、味わった事が無いんですが~~~?)
玄関マットやほうき、たわし、楽器、ひしゃく、弓矢など、椰子の実製品は実に多種多彩。
昔も今も、南の島の生活全般に関わっていることが、よく分かりました。
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いよいよ、フェリーに乗船です。鳥羽港までは55分の船旅です。
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2006年8月頃から弊社伊良湖航路神島西方約1マイル海域にて、連日ほとんど毎便、5~6頭のイルカの群れが視認されているそうです。
イルカに会えると良いな!(ハワイでも船に併走するイルカとご対面はしていますが。)
出てきました!イルカに会えました。
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そうこうしている内に鳥羽港へ到着です。
残念な事に雨が降り始めました。
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雨の中、いよいよお伊勢参りです。
伊勢神宮には内宮(伊勢の宇治の五十鈴川上にご鎮座の皇大神宮)と、外宮(伊勢の山田の原にご鎮座の豊受大神宮)が有るそうで、今回は内宮の参拝です。宇治橋を渡って内宮へ入っていきます。
内宮への入口、五十鈴川にかかる宇治橋は、日常の世界から神聖な世界へのかけ橋といわれているそうです。
宇治橋は20年毎に、かけ替えられるそうです。
全長101.8m、巾8.421mで、欄干の上に16基の擬宝珠を据えた純日本風反り橋で檜で作られていますが、橋脚の部分は欅を使用しているそうです。
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正宮に着きました。
垂仁天皇26年にご鎮座されてから、2000年。
4重の御垣に囲まれた一番奥にあるご正殿に、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)がお鎮まりになっているそうです。
唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と名付けられる建築様式のご正殿はじめ付属の殿舎ならびに御垣は、20年に1度、式年遷宮の大祭を行って建て替えられてきたそうです。
遷宮によって、2000年昔と変わらない姿を今も拝することができるのだそうです。
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参拝が終了したので、神宮の門前町である 「おはらい町」を散策しました。
切妻造りの木造家屋が建ち並んでいました。
ツバメが店先に巣をつくっている 「赤福」の本店や、伊勢うどんの店、数々のみやげ物屋はもちろん、内部は近代的な設備のある銀行までが日本家屋で統一された、情緒たっぷりの町並みでした。
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(伊勢うどんは、柔らかいと言われ、遠慮しました。やはり讃岐うどんの様に腰が無ければ美味しくないであろうと思ってます。ましてや、たまり醤油ときたらもういけません?)
赤福本店は、やはりチャレンジしてみたく思いました。
赤福は、五十鈴川の波に似せたコシアンと底の石に見立てたお餅がモデルと言う事のようです。
(関西出張で良く買ってきますが、あまり喜ばれないんですが・・・)
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「おかげ横丁」に入り、『デブや、マイウ~~~』で紹介された松坂牛のミンチカツを楽しみました。
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(このメンチは周りはカリカリ、中味はジューシーでかなり美味しかったです。)

伊勢志摩ロイヤルに移動して、今日は終了です。ホテルの部屋で、一息付くOLAF。
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夕食は、コテコテの伝統的宴会料理。
伊勢海老膳?小さな食べてしまうのが可哀想な様な伊勢海老も一応付いていました。
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