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zoom RSS OLAFのお花見 (’15年3月30日 旧芝離宮、浜離宮、浅草駒形ドジョウ)

<<   作成日時 : 2015/03/31 14:04   >>

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桜の開花宣言から満開予定の発表が有って、それが本日30日。
友人を誘ってお花見に行く。
コースは浜松町から旧芝離宮→浜離宮→水上バス→浅草吾妻橋→駒形どぜう→神谷バー。
浜離宮へは何回か行っている。
隅田川のお花見も既に行っている。
水上バスから見る桜は乙なものだった。
(隅田川のお花見の記録)
http://olaf-mama.at.webry.info/200803/article_7.html
http://olaf-mama.at.webry.info/200803/article_8.html


浜松町北口からすぐ前の旧芝離宮に入る。
「本日満開」の看板。
シニアと外国人がゾロゾロ。

旧芝離宮恩師庭園は小石川後楽園と共に、今東京に残る江戸初期の大名庭園の一つです。回遊式泉水庭園の特徴をよくあらわした庭園で、池を中心とした庭園の区画や石の配置は、非常に優れています。
明暦(1655〜1658年)の頃に海面を埋め立てた土地を、延宝6年(1678年)に老中・大久保忠朝が4代将軍家綱から拝領しました。
忠朝は屋敷を建てるにあたり、藩地の小田原から庭師を呼び庭園を造ったと言われています。
桜が綺麗です。
「アルコール類の持ち込み禁止」と立て看板。
上野とは大違いで静かなお花見です。
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その後、モノレールで汐留まで移動。
浜離宮は入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園。
潮入の池とは、海水を導き潮の満ち干によって池の趣を変えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。
旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園なども昔は潮入の池でした。
しかし現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。
浜離宮は、この潮入りの池や池や鴨場を中心にした南庭と、明治時代以降に造られた北庭とに大別されます。
この地は、寛永年間(1624〜1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相 の松平綱重。承応3年(1654年)、綱重は将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得ました。その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。
以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。
明治維新ののちは皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりました。
その後、関東大震災や戦災によって、御茶屋など貴重な建造物が焼失したり樹木が損傷し、往 時の面影はなくなりましたが、昭和20年11月3日、東京都に下賜され、整備のうえ昭和21年4月有料公開されるに至りました。

此処も桜が満開。
シニアと外国人は同じ。
菜の花が美しい。
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水上バスで隅田川クルーズをして浅草へ行くことにする。
待つこと1時間以上。
ようやく船に乗れた。
大混雑。
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両岸の桜も満開。
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スカイツリーも良く見えた。
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降りてから、遅いランチ。
いや、早いディナー?
「駒形どぜう」でドジョウ鍋で一杯。
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大満足。
もうちょっと飲みたいと言う友人。
浅草名物の神谷バーで電気ブランを楽しんだ。
満開の花見で充実した一日だった。

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