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zoom RSS OLAFの能楽鑑賞 (’15年3月20日 定例公演 狂言:苞山伏 能:頼政 )

<<   作成日時 : 2015/03/22 16:43   >>

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久しぶりに国立能楽堂へ。
今日は定例公演で18時半開演。


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何時もと変わらない風景。
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狂言は苞山伏(つとやまぶし)

(ネットより転載)
苞とは、藁(わら)に包んだお弁当。
この狂言には三人出てきます。
まず山人。
昼飯を持って現われ、くたびれたと言って眠ってしまいます。
そこに修業から戻ってきた山伏。
鬼と山伏は摺り足ではなく、足を上げて登場します。
「自分の呪術は飛ぶ鳥を落とすほどすごいぞ」と自画自賛しながら現われ、その割にくじけてその場に眠ってしまいます。
さらに、そこへ使い途中の男が現われ、山人に蹴つまずく…と言うところから話が始まるわけです。
使いの者は、山人の枕元にある苞(昼飯)に目をつけ、盗んで食べてしまいます。
山人が起きると使いの者はその場に「狸寝入り」(笑)
当然、山人は自分の昼飯がないことに気付きます。
そして嫌疑をかけられた使いの者があれこれと、その悪行を誤魔化そうとするところに面白さがあります。
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休憩時間。
中庭にも春の感じが出てきている。
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能は頼政(よりまさ)。
(ネットより転載)
諸国一見の旅僧が、京都から奈良に向かう途中、宇治の里に着き、佳勝の地の景色に見とれ、この土地の人の来るのを待ちます。
そこへ一人の老人が来合わせたので、僧は名所を尋ねます。
老人は旅僧の求めに応じて、あたりの名所を教え、ついで平等院へと誘います。そして、ここは頼政が武運つたなく戦死したゆかりの地であると教えます。
僧が合掌して回向すると、老人は喜び、ちょうど今日がその命日にあたり、自分こそその頼政の幽霊であると名乗って消え失せます。

<中入>

そのあと、宇治の里の人がやって来たので、旅僧は、彼から頼政の挙兵の理由や宇治橋の合戦の模様を聞きます。
僧は、そぞろ哀れをもよおし、頼政のために読経し、仮寝をします。
やがて、僧の夢の中に、法体の身に甲冑を帯びた老将が現れます。
僧は頼政と認め、法華経を読誦しているので、成仏疑いないことを伝えます。
頼政は、治承4年夏、挙兵した時の様から説き起こし、宇治に陣を構えた模様を語ります。
そして、宇治川を挟んでの合戦、平家方300余騎が川を渡ってくる様子、踏み留まっての防戦と語りつぎます。
しかし、敗色濃しと見た頼政は、平等院の芝の上に扇を打ち敷き、「埋れ木の 花咲くことも なかりしに 身のなる果ては 哀れなりけり」の辞世を詠じて自害します。その跡が、世にいう扇の芝であると述べ、僧に回向を乞うて、草の陰に消えてゆきます。
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宇治、宇治川、平等院等の京都で聞きなれた地名が出てきた。
”平家に追われた頼政らは宇治川の橋板を外し、対岸で追手を待ち構えました。
平家方は田原の又太郎忠綱が先陣として、宇治川に馬を乗り入れて対岸に攻め込み、合戦となります。
頼政の息子二人も討たれてしまい、ついに頼政は平等院の庭の芝に扇を敷いて、辞世の和歌を詠んで自害した。となっていました。”


宇治を散策した時にはこの様な話は出てこなかった。
ホントの話なのかな?
(ブログ)
http://olaf-mama.at.webry.info/200811/article_16.html
http://olaf-mama.at.webry.info/200811/article_17.html
http://olaf-mama.at.webry.info/200911/article_19.html

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