我が家のOLAF

アクセスカウンタ

zoom RSS OLAFの豪徳寺散策 (’15年2月7日 世田谷区豪徳寺にある大渓山豪徳寺)

<<   作成日時 : 2015/02/08 21:58   >>

トラックバック 0 / コメント 0

OLAFは一回行ってみたかった豪徳寺へ行ってみた。
なんでも浅草の今戸神社の向こうを張って、「招き猫」元祖のお寺だと言う。
ほんとかな〜〜〜〜〜。


世田谷区豪徳寺にある大渓山豪徳寺。
招き猫発祥の地という事と井伊直弼の墓があるので有名だ。
14世紀に清和源氏系の吉良氏により世田谷城が築かれた。
城は豊臣秀吉の(後)北条氏・小田原城攻略の後に廃城となった。
その時吉良氏は上総に逃げたはずだが、その後横浜市の南区蒔田町辺りで蒔田氏を名乗っている。
豪徳寺は1480年(文明12年)に吉良政忠が建立した弘徳院が前身という事で、吉良氏は清和源氏・足利氏に近いという家系のおかげでうまく立ちまわって生き延びたようだ。
江戸時代17世紀前半、彦根藩第2代藩主井伊直孝の時に一帯は井伊家の所領となり弘徳院が井伊家の菩提寺とされた。
井伊家の菩提寺となるにあたっては、鷹狩の帰りの井伊家御一行様を猫が寺へ招き入れて夕立に濡れずにすんだのが契機というのが招き猫の起源の話だ。

東急世田谷線の宮の坂駅から歩いて5分。
参道入り口から入っていく。
両側には、松並木が迎えてくれる。
画像

画像

松並木を歩いて行くと山門に着く。
参道はそう長くはない。
でも、今の世田谷にこの様な広いお寺が有るなど着てみないと解らない。
画像

彦根藩主井伊家墓所の石碑も立っていた。
画像

山門を潜ると豪徳寺仏堂が建っている。
説明書によるとこの仏堂には
木造大権修利菩薩椅像、総高101cm
木造弥勒菩薩坐像、総高80cm
木造釈迦如来坐像、総高72cm
木造阿弥陀如来坐像、総高72cm
木造達磨大師坐像、総高64.8cm
木像五体が安置されている。
画像

仏堂前には狛犬が堂々と飾られている。
画像

仏堂の左側に三重塔が建っている。
2006年に建てられた新しいものだが、世田谷の住宅地に三重塔を見るのは、不思議な感じがする。
画像

この三重塔に猫がいると言う。
良く眺めてみると、二層目の軒下に猫が鎮座ましましています。
隣にはリアルな猫がいました。
画像

三層目には四面に十二支ならぬ十三支が掘られていました。
本来は十二支の一番手・鼠が占めるべき座の正面のところに、二匹の鼠を添え物にして鎮座しておいでです。
猫が入って十三支です。

”新年の挨拶に訪れた動物を、やって来た順番に選んで、神さまが十二支を作ったという、あれです。
足がのろいので早目に出掛けて間に合うようにした牛の背中に隠れていた鼠が門の前で飛び降りて一番に。
猫は鼠に嘘の日にちを教えられ、新年の挨拶に間に合わなかったので「顔を洗って出直して来い」と怒られて、しょっちゅう顔を洗うようになったのだとか、鼠を眼の仇にし始めたのだとか・・・・・。”


画像

画像

画像

画像


招福廟山門です。
画像

観音堂(招福廟)正面。
観音様が祀られていて、招き猫はその眷属だそうで。
貧乏寺が井伊家の菩提寺となり、立派な寺になる縁を作ってくれた飼い猫が死ぬと住職は墓を建て手厚く葬りましたが、この猫を招福猫児(まねぎねこ)と称えて崇めるようになったのは少し後の時代になってからだそうです。
画像

画像

中には「ひこにゃん」の絵が飾ってありました。
彦根藩主の墓があるのだから、当然ひこにゃんが訪れたこともあった。
ひこにゃんがかぶっている兜は左右から金の角が出ている大脇立で、これは井伊家の総大将しかかぶれない兜なのだ。
画像

観音堂脇の招き猫奉納所はあいかわらず招き猫でいっぱいです
画像

画像

画像


豪徳寺鐘楼..
本梵鐘は、延宝7年に完成の後、今日まで移動なく当寺に伝えられてきた。
形姿は、比較的細身で均整のとれた優美な姿を呈し、吊手の龍頭は力強くメリハリのきいた雄渾な造形で、細部の表現も精巧な出来栄えである。
撞座の意匠も独創的であり、工芸的に優れた完成度の高い梵鐘。
画像

傍に紅梅が咲き始めていた。
春は近い。
画像

画像


彦根藩主井伊家墓所の入口の六地蔵。
画像

彦根藩主井伊家墓所。
画像



東京都の"招き猫発祥の地"である豪徳寺・自性院・今戸神社、猫はどう違う?

ネットによると

◎数なら豪徳寺 1,000体超の招き猫が鎮座

すごい!! びっくり仰天の光景が目の前に広がっていた。
その数、おそらく1,000体を超えるであろう(数えきれない)大小さまざまな白い招き猫が、静かに鎮座している。
ここは東京世田谷区の閑静な住宅地にある「豪徳寺」。
木々の緑も豊かな広い境内には小鳥のさえずりが聞こえるばかり。
豪徳寺の招き猫は、左手に小判がないのである。
これは、金銭への執着を軽蔑する武家ゆかりの招き猫であるからとのこと。

◎巨大さなら自性院! その大きさは1m

新宿区落合南長崎の自性院。
このお寺の招き猫発祥の由来は、豪徳寺よりさらに時代をさかのぼり、室町時代にあるという。
江戸城を最初に築いた武将として名高い太田道灌が、地元の豪族・豊島氏と争った江古田・沼袋原の戦い。
その戦いで劣勢となり道に迷った時、道灌の前に一匹の猫が現れて手招きし、自性院に案内した。
これを機に戦を有利に盛り返した道灌は猫地蔵を奉納、これをきっかけに自性院は招き猫の寺として広く知られるようになったと伝わっている。
こちら自性院の招き猫は招く手が左手で、豪徳寺の右手とは反対。右手には小判をがっしりと握られている。

◎女子人気なら今戸神社の招き猫

江戸時代、この寺の界隈に住んでいた老婆が貧しさのために飼っていた猫を手放した。
すると、夢枕にその猫が現れ、自分の姿を人形にしたら福運を授かることができると言う。
老婆は地元の今戸焼きで猫の人形を作り、それを浅草神社の境内で売ったところ大評判となってお金持ちになった、めでたしめでたしというお話。
その今戸焼き発祥の碑が今戸神社の境内に立っている。
このことから招き猫のルーツは今戸神社にあり、ということらしい。
また、今戸神社は縁結びの神社としても名高い。
未婚の女子を中心に連日多くの参拝客が訪れて、本殿中央に鎮座する2体の招き猫に手を合わせていた。ちなみに上げ手は右で、小判は持っていない。

今戸神社に行った事があるOLAFとしては、此処が発祥の地と信じたいのだが?

画像



楽しいひと時でした。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

OLAFの豪徳寺散策 (’15年2月7日 世田谷区豪徳寺にある大渓山豪徳寺) 我が家のOLAF/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる