我が家のOLAF

アクセスカウンタ

zoom RSS OLAFの「京都―洛中洛外図と障壁画の美」見学(’13年11月15日 東京国立博物館)

<<   作成日時 : 2013/11/16 09:36   >>

トラックバック 0 / コメント 0

OLAFは日本テレビ開局60年 特別展「京都―洛中洛外図と障壁画の美」を、上野にある東京国立博物館に見に行った。
京都は大好きな所の一つだ。
春の桜、紅葉の秋、青紅葉等々。
(京都の記録)
http://olaf-mama.at.webry.info/theme/4714eee52e.html
祇園祭は1か月滞在して初めから終わりまですべて見た。
(祇園祭の記録)
http://olaf-mama.at.webry.info/200807/article_2.html
<これ以降ロングステイが続く>
「洛中洛外図」の他に京都御所、龍安寺、二条城の「障壁画」も見られるようだ。
行った事のある所だが解説付きで見られるのは楽しみだ。


上野駅から歩いて国立博物館へ。
入場すると黄葉が少し見られた。
ウィークデイの昼前なのに続々と見物に行く人が歩いている。
画像

画像

画像

入場券は割引券で1,400円。
画像


イアフォンを借りて会場内部に入る。

第1部は「都の姿─黄金の洛中洛外図」が飾られている。
京都の市中(洛中)と郊外(洛外)の景観を高い視点から見下ろして描いた「洛中洛外図」は、室町時代から描かれはじめ、江戸時代を通して数多く制作されました。
そのほとんどが屏風絵で、四季が巡るなか、御所(皇居)をはじめ貴族や武家の御殿、名高い寺社、観光名所をとりあげて、そこに暮らす人々の生活を余すところなく描き出した風俗画です。
圧巻は重要文化財・洛中洛外図屏風 舟木本だった。
(内部は撮影禁止なのでNETより転載)
左右の屏風を並べると7mほどの画面幅に、南からみた京都の景観を、東から西へ連続的に展開させ、鴨川の流れが左右の画面をつなぎます。
右端には、豊臣秀吉が建てた方広寺大仏殿の偉容を大きく描き、左端には徳川家康が建造した二条城を置いて対峙させています。
画像

右側中断に描かれている豊臣秀吉が建てた方広寺大仏殿。
画像

右上に描かれている豊国社。
現在は豊国神社。
周りには良く見えないが、「一服一銭」(オープン仮設カフェの様な喫茶店)やお花見のレンタルスペース(幕を張ってその中)や桜の枝を持って歩く男等が描かれている。
画像

牛若丸と弁慶が出会った場所として唱歌にも唄われた五条大橋。
ここに描かれているのは、豊臣秀吉が建立した方広寺の大仏参拝のために新たに架けられた橋です。
花見の宴が終わり桜の枝や扇、日傘をもった集団が、身をくねらせて踊りながら賑やかに橋をわたっていきます。
酔いつぶれて二人に肩を担がれている男もいます。
画像

こんな具合に楽しく見られるのだが、展覧会では皆さん絵にへばり付いていて動いてくれない。
近くでじっくり見たいがそれもなかなかかなわず。
でも、楽しめた。

第二部は都の「空間装飾─障壁画」が飾られている。
伝統と権威の象徴である京都御所、世界的にも知られる禅宗寺院の龍安寺、そして徳川将軍家の権力を誇る二条城の3つの建物の室内を彩った障壁画が飾られていた。
絵筆をとったのは、天下人、織田信長や豊臣秀吉に仕えた狩野永徳、そして徳川家康に仕えた狩野探幽など、画壇の頂点を極めた当代一流の絵師たちです。
彼らはその絵によって、宮廷の伝統的権威を高め、信仰の場を荘厳し、武家の威光を示しました。

初めは王権の象徴─京都御所の障壁画だ。
京都御所には2回ほど行ったが内部に入れなかったので障壁画は表から見えた所のみしか見てない。

(京都御所の記録)
http://olaf-mama.at.webry.info/201004/article_4.html
http://olaf-mama.at.webry.info/201111/article_2.html

(内部は撮影禁止なのでNETより転載)
画像


次は龍安寺だ。
龍安寺の方丈は、寛政9年(1797)の火災で焼失したため、慶長2年(1606)に織田信包(おだのぶかね、信長の弟)によって建立された塔頭、西源院の方丈が移築されたものです。
その室内を飾る襖絵は、狩野一門の手によるもので、桃山絵画の特徴が色濃くあらわれた力強い人物画を中心としたものでした。
(龍安寺の記録)
http://olaf-mama.at.webry.info/200904/article_4.html
http://olaf-mama.at.webry.info/201104/article_2.html

(内部は撮影禁止なのでNETより転載)
画像

画像


最後は二条城の障壁画。
現在の二条城は徳川家康(1542〜1616)が慶長6(1601)年に全国の大名に命じて作らせたものです。
最初、現在の二の丸部分が完成しました。
ここで家康は慶長8(1603)年に将軍宣下の祝いを行い、江戸幕府が誕生しました。
その後、豊臣秀頼や後水尾天皇を迎えたりと、歴史の表舞台に立ったのです。
さらに家康は、大阪夏・冬の陣(1613,1614年)の時には二条城から出陣しています。

幕末、14代将軍家茂が上洛した際には、本来将軍は本丸に入るにもかかわらず、二の丸を手直しして使いました。
当時既に幕府の財政は逼迫していて本丸を建てる余裕がなかったからです。
そして慶長3(1867)年、15代将軍慶喜によって二の丸の大広間で大政奉還が行われ、江戸幕府は滅亡しました。

(二条城の記録)
ライトアップされた二条城。
http://olaf-mama.at.webry.info/201004/article_17.html
http://olaf-mama.at.webry.info/200911/article_16.html

こんな歴史にふさわしい徳川幕府華やかな頃の威光を前面に打ち出した襖絵等に圧倒される。
徳川家康に仕えた狩野探幽など、画壇の頂点を極めた当代一流の絵師たちの作品です。
画像

画像

画像


「洛中洛外図」を堪能した。
今年の年末から年始にかけて、京都に半月以上滞在するつもりだ。
昨年から年末年始の京都が楽しくなった。

今回見た「洛中洛外図」等をもう一度見られないかナ。

さて、ビールでも飲んで帰ろう。
雨が大降りにならないうちに。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

OLAFの「京都―洛中洛外図と障壁画の美」見学(’13年11月15日 東京国立博物館) 我が家のOLAF/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる