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zoom RSS OLAFの土俵作り見学 @ (’13年5月7日 両国・国技館 5月場所)

<<   作成日時 : 2013/05/09 03:18   >>

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大相撲5月場所が5月12日から開催される。
その開催場所の両国国技館の土俵作りを見ることが出来るツアーをネットで見つけた。
まだ見た事も無いし、国技館に入った事も無い。
そんな所で土俵作りが見られるのは面白そうだ。
興味津々でそのツアーの参加した。


集合場所はJR両国駅。
10時半。
無事両国駅へ到着。
ガイド役が付いてくれるのでガイドさんに点呼を受ける。

久し振りに両国駅に降りたがだいぶ雰囲気が変わっていた。
(前回の両国散策の記録)
http://olaf-mama.at.webry.info/200901/article_15.html
駅に居酒屋等が入り、相撲の雰囲気を盛り上げている。
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ガイドさんの案内でまづは両国相撲に関連する場所を散策する。
始めは回向院だ。
平成25年4月27日(土)〜5月19日(日)、江戸時代に大人気を博した善光寺の回向院出開帳が戦後初開催されていた。
出開帳とは、普段拝することのできない寺院の本尊などを地方に出張し、一定期間拝むことができるよう祀ることだそうだ。
江戸時代に回向院で行われた善光寺の出開帳は大変な人気を誇り、中でも空前の賑わいをもたらした安永7年(1778)では、60日で1,603万人の参詣があったとも云われている。
(太田南畝『半日閑話』)
その幟が駅から回向院へ行く道に立っていた。
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回向院はその影響で中に入れなかった。
外からだけの見学となってしまった。
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回向院の脇に国技館が建設されたのが1909年(明治42)の事だった。
外観は円形のドーム状であったようです。
この国技館は時代に翻弄された歴史でもあった。
関東大震災、東京大空襲で焼失、戦後は進駐軍に接収され昭和21年の秋場所が最後の興行となった。
返還後はスケートリンクになり、さらに日大に買収されたりした後昭和58年に解体されました。
現在は両国シティコアで住宅、店舗、オフィス等の複合施設になっています。
そこにその後を示す円形の印が残されていた。
今は、駐輪場になっていた。
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次にガイドさんが案内してくれたのはお相撲さんの着物などを売っている「キングサイズ専門店」ライオン堂。
この店は創業明治40年だそうです。
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現在はこのパンツをはくお相撲さんはいないそうだ。
あの小錦が現役の頃履いていたと言う。
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8Lまでそろっていると言う。
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次は、両国高橋。
相撲ファン必見のお店だそうです。
かなりの相撲グッズが揃う。
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11時半からはちゃんこ鍋のランチだ。
ちゃん鍋の「巴潟」へガイドさんが案内してくれた。
「巴潟」とは往年の力士の四股名で、昭和十年代に激しい“あたり”と“ハズ押し”で弾丸と謳われ、両国国技館の鉄傘を沸かし、今も角界に語り継がれている伝説の名力士だそうだ。
力士引退後は、年寄高島・友綱の名跡を継ぎ、数多くの関取を育てあげましたと言う。
その両国・友綱部屋の跡地に、角界での長い経験を活かし、誕生したのが『ちゃんこ巴潟』だそうだ。
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お座敷。
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床の間。
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手形。
やはり大きな手だ。
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引退した魁皇の手形もあった。
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ちゃんこが煮えたかどうかチェックする。
「OKです。食べ始めて下さい。」
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味噌味でなかなか美味。
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食後の1時からいよいよ国技館で土俵作りの見学だ。
総武線の反対側の国技館へ。
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現在の国技館は1984年11月30日に完成。
翌年1月9日、盛大に落成式が催され、千代の富士と北の湖の両横綱による三段構えが披露された。
その場所で千代の富士は「全勝優勝」、怪我を押して強行出場した北の湖は1勝も出来ずに「引退」と、明暗分かれる世代交代の場所となった。

常設の櫓。
この櫓では、
寄せ太鼓: 相撲協会の前身相撲会所の時代、相談事があった時親方衆を呼び寄せる時の合図。
一番太鼓: 天下泰平・五穀豊穣を祈って行われていた。 清めの太鼓と言われ、昔は真夜中の2時か3時に打たれていた。
はね太鼓:その日の取組が終了したことを告げ、翌日の興行を告知するために打たれる太鼓。
呼出しが櫓に登って行い、一日興行や千秋楽には打たない。
触れ太鼓: 初日前日に市内や各相撲部屋を回り、興行開始を告げるために打つ太鼓。

高さ19m。
しかもエレベーター付きというハイテク櫓である。
これは、それまで太鼓を抱えながら櫓をよじ登っていた呼出しさんたちの安全を考慮してのものだったそうだ。
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入口には相撲絵が描かれている。
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初めて中に入った。
土俵がちょっと見える。
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中に入ると土俵作りの土木作業の真っ最中だ。
国技館のガイドさんの説明によると、
土俵作りは3日かかるそうだ。
作業工程は以下の通り。
1日目/土を入れ替えて成形する。
2日目/土俵に新しい俵(円の部分など)を埋め込む。
3日目/上がり段をつくって仕上げ。

今日はその一日目で塩を沢山含んだ土の表面を削り新しい土を入れて成形の最中だそうだ。
TVで見るより土俵周りが広い。
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呼出さんから説明を聞く。
この仕事は呼出さんの仕事だと言う。
業者やアルバイトでは無い。
呼出さんがおのおの作業着姿で土俵に上り、畑仕事のように鍬を振っている。
現在、呼出は 41人。
全員総出の作業だそうだ。

浸かっている「土」は、「荒木田」という壁土用の粘土質の土が最適とされていた。
東京都荒川区荒木田原(現・町屋)の荒川沿岸にあった土で、きめが細かく粘土質が強いと言われている。
しかし、東京近郊の開発が進んだため、現在の両国国技館で使われる土俵の土は、千葉県我孫子市周辺のものが使用されていると言う。

すべて手作業でこの「タコ」を使って土俵を突き固めるそうだ。
「4人で持ち上げて突き固めると4人の足の合計が8本になる。
そこで、タコと呼ばれるようになったとか・・・」
昔から何も変わっていないとか。
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俵作り。
本場所の土俵は、土俵の円周となる勝負俵(内俵)16、東西南北の徳俵4、周囲を囲む角俵28、四角の上げ俵(外俵)4、土俵に上がる上がり段(踏み俵)10、少し小さめの水桶俵4と、6種類の俵を66俵使用しています。
この66俵を作るそうだ。
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昔は多分木槌で叩いていたと思うが今ではビール瓶に代わっているとか。
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TVで良く見る「正面」。
歴代横綱の写真。
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土俵周りが広いと思っていたが、席がせり出す仕組みになっているそうだ。
土俵作りをする時は大きく引っ込んでいる。
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(次ブログへ続く。)

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