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zoom RSS OLAF神田明神へ大黒祭りの四條流庖丁儀式を見物(’13年1月13日 神田明神)

<<   作成日時 : 2013/01/14 07:38   >>

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神田明神のご祭神・だいこく様により福がもたらされる「だいこく祭」が平成25年1月12日(土)、13日(日)、14日(祝)の三日間行われる。
特に13日は「四條流庖丁儀式」が奉納されると言う。
TV等で見た事があるが未だ直接見た事が無い。
確か鯉に直接手で触れること無くさばくと言う儀式の様だった。
見に行こう。


地下鉄で秋葉原まで移動。
そこから神田明神まで10分弱歩いていく。
神田明神には「神田祭り」を見に来たことがあるがそれ以来だ。
(その時の記録)
OLAFの神田祭見物 (’09年5月9日 神田祭 @神幸祭)
http://olaf-mama.at.webry.info/200905/article_3.html
OLAFの神田祭見物 (’09年5月9日 神田祭 A附け祭り)
http://olaf-mama.at.webry.info/200905/article_4.html

鳥居。
かなり沢山の人が出ている。
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隨神門。
昭和50年に昭和天皇御即位50年の記念事業として新たに再建。
総檜・入母屋造。二層建て・屋根は銅板瓦棒葺。各所に配した文様は伝統的なテーマをもとにしつつ、オリジナルなデザインを使用。
外回りには四神(朱雀・白虎・青龍・玄武)、内側には「因幡の白兎」など、だいこく様の神話をモチーフにした彫刻を飾っている。
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境内も混雑している。
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御社殿。
昭和9年に竣功。
権現造。
当時としては画期的な鉄骨鉄筋コンクリート・総朱漆塗の社殿。本殿・幣殿・拝殿さらに神饌所・宝庫が重なり合うように造られており、昭和初期の神社建築では新しい形式をもつ。
参拝するのに長い行列が出来ていた。
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十分ぐらい並んでようやく参拝ができた。
初詣以来いつも行列で参拝だ。
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「恵比須様」が登場。
恵比須神は「いなばの白うさぎ」などの伝説で名高い大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の子で、正式には八代言代主(やえことしろぬしのおおかみ)のこと。
左に鯛を抱え、右に釣り竿を持っている姿のとおり、漁業を好まれて、得たものを物々交換で米穀などと替える道を拓かれたことから「商売繁盛」の守り神とされる。
境内には大黒様の像の隣に恵比寿様の像も祀られていた。
境内では「〜〜〜〜皮をむかれて赤裸〜〜〜」と言う「いなばの白うさぎ」の歌が流れている。
更には「商売繁盛〜〜〜〜笹持って来い!」と言った掛け声や、「福笹を授与された方は福引きがございます。」
等の案内が流れている。
商売繁盛の神様のオンパレードの様だ。
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頭を下げている人に対し鈴を鳴らしてお加護を与えていた。
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「大黒様」も登場。
七福神の大黒天は、出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)の大国さんでなく、仏教の大黒天(摩訶迦羅)であり、ご本体は、久遠のお釈迦様(永遠なるもの真実)のご変身の姿(物心ともに貧しき人のため福を授けようと大黒天の姿になっておられる)であり、その形相は黒色忿怒層であったが、鎌倉時代の頃より、大国主命と結びつき、恵比須神とともに一般に知れ渡り、今の福相となられ、左手に袋、右手に槌を持たれ、米俵の上に座られた姿となった。
日蓮聖人も厚く信仰されて、その大黒天神法には「もし安置し供養すれば、千人の人を養い厨房を潤す。
もし、三年専心に供養せば、必ず富貴、官位、福緑を授与す。
必ず自然に栄え楽しみが倍増して四季に美しい味の食を備える」と書かれている。
慈愛同仁、寿福円満、開運招福、商売繁盛の神様。
こちらもお加護を与えていた。
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四條流庖丁儀式が始まりました。
境内に設えられた舞台の上で行われます。

四条流庖丁道(しじょうりゅうほうちょうどう)は、平安時代から始まると伝えられる日本料理の流派。「庖丁式」とも。庖丁道(庖丁式)とは料理に関する作法・故実や調理法などを最も頻用する調理器具の包丁で象徴した呼び名である。

ネットによると
四条流の起源は、藤原山蔭(四条中納言、824年 - 888年)が、光孝天皇の勅命により庖丁式(料理作法)の新式を定めたことに由来すると伝えられている。
朝廷の料理は宮内省に属す内膳司が司っていたが、山蔭は内膳職とは関係がなく、単に料理法や作法に通じた識者として指名されたものか。9世紀の段階で、唐から伝えられた食習慣・調理法が日本風に消化されて定着しつつあったと思われ、それらをまとめて故実という形で山蔭が結実させたものであろう。
これにより、山蔭は「日本料理中興の祖」とされる。
四条流の庖丁儀式とされる、巧みな庖丁さばきによる荘厳な技術披露が現在でも継承され、行われている。
藤原山蔭が鯉をさばいて以来の伝統と言われる技法を烏帽子・直垂をまとった姿で再現し、庖丁と真魚箸(まなばし)のみを用いて、鯉・鯛・鰹などの素材に一切手を触れることなくさばいていくもので、各地の神事などで奉納されることがある。
と言ったものの様だ。
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一人目の調理人は烏帽子・直垂をまとった姿で三方を恭しく掲げながら入場した。
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三方に乗っていた半紙で俎板を綺麗にふきあげた。
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庖丁と真魚箸(まなばし)で鯉を俎板に移す。
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それで退場。
俎板の上には鯉が一匹残された。
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二人目の調理人は三方に菊の飾りなどを乗せて登場。
鯉の側にそれを飾り付けて退場。
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次は3人で登場。
包丁人、後見人、介添人の3人の様だ。
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包丁人が襷をかけ準備。
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いよいよ調理が開始される様だ。
庖丁と真魚箸(まなばし)で見えを切る様なしぐさだ。
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包丁と言うより日本刀だ。
真剣な眼差し。
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調理が開始された。
まず頭を落とす。
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頭に包丁を入れる。
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胴を輪切りにした。
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俎板の右へ頭を立てた。
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更にカットが続きます。
鮮やかな手つきです。
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細かくカットされました。
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終了して退場です。
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綺麗に並べられています。
どの様に並んでいるのだろうか?
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綺麗に調理されている。
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肝心な大黒様にお参りをしてなかった。
大黒様の石像にお参りをする。
この大黒石像は昭和51年完成。
高さ6,6メートル重さ約30トンで石造りとしては日本一のだいこく像だそうだ。
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今年は八坂神社、平安神宮、北野天満宮、神賀茂神社等への初詣、深川七福神巡り、だいこく祭と神様のハシゴをしている。
神頼みも行き過ぎると神様が怒るかな?

四條流庖丁儀式は初めて見たが、

「源氏物語」の「常夏巻」には「いと暑き日、ひんがしの釣殿に出給ひて、すずみ給ふ、中将の君もさふらひ給ふ、したしき殿上人あまた候ひてにし川(桂川のこと)より奉れる鮎、ちかき川のいぶしやうの物、おまへにて、調じてまいらす」云々と書いてあります。

また「宇治拾遺物語」では、記茂経が「さて狙板、洗ひて持て参れ」と声高いひて、やがて茂経今日の庖丁仕らんといひて、真魚箸けづり鞘なる庖丁抜いて云々と記されてあります。

このように「庖丁式」は、まことに古い時代から行なわれたものでありまして、幾多の文献を見ましても、そのはじめは殿上人(公卿)や、大名が賓客を我が家に招いた場合にその家の主人が心から歓待する意味で、まず、主人みずから庖丁をとって、庖丁ぶりを見せてその切った材料を、お抱えの御膳部の料理人に調理させて、ふたたびその賓客のお膳に供して、御馳走したものであります。

従って「庖丁式」というものは、厳粛の儀式であるとともに、あの平和な大宮人の風流優雅な気分と生活の一端を表現した社交儀式とも言えましょう。

優雅で荘厳な面白い式だった。

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