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zoom RSS OLAFの春のツアー参加A (’12年4月3日 鳥取砂丘・足立美術館・玉造温泉)

<<   作成日時 : 2012/04/09 03:53   >>

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(前ブログよりの続き)
昨日から天気予報では「日本海で台風並みに発達した低気圧が日本列島を縦断し各地で大きな被害が出るのでは」と言われている。
そんな中、今日は鳥取砂丘、足立美術館と日本海側を走って行く。
無事に行けるか?
砂丘など見られないか?
不安な一日だ。


朝起きると宮津ロイヤルホテルは静かだった。
天橋立も良く見えるし、庭のチャペルも静寂に包まれていた。
「この調子で、一日終わってくれれば!」と祈る様な気持ちで朝の支度を始める。
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朝食はブッフェスタイル。
好きな物を取って来て天橋立を見ながら頂く。
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バスの準備をロビーで待つ。
ロビーの一角に結婚式用の可愛らしいチャぺルが準備されていた。
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雨は未だ降ってこない。
風は少し強い程度で今の所台風並みの低気圧の影響は出ていない様だ。
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砂丘に向けてバスは走る。
途中に山陰本線の”余部橋梁(あまるべきょうりょう)”が見えてきた。
前回は寝台特急で一代前のこの橋を渡ったのを覚えている。

初代の「余部鉄橋」は、1986年12月28日の13時25分頃、香住駅より浜坂駅へ回送中の客車列車8両編成が日本海からの最大風速約 33 m/s の突風にあおられ、客車の全車両が台車の一部を残して、橋梁中央部付近より転落した。
転落した客車は橋梁の真下にあった水産加工工場と民家を直撃し、工場が全壊、民家が半壊した。
回送列車であったため乗客はいなかったが、工場の従業員だった主婦5名と列車に乗務中の車掌1名の計6名が死亡、客車内にいた日本食堂の車内販売員3名と工場の従業員3名の計6名が重傷を負った。
この様な大惨事を起こし、新しい第二代目の橋がかけられている。
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新橋梁の隣にはこの大惨事を忘れないために、餘部駅寄りの3本の橋脚・桁が残されていた。
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バスは日本海側に沿って山の中、海岸脇を通って行く。
所々で日本海の景観が楽しめる。
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昼頃に鳥取砂丘に到着。
「雨風が激しく砂丘など見られないか」と心配していたが風は強く飛ばされそうだが砂丘見物もできた。
突風が吹き砂が飛んできて顔に当たり痛い。
耳の中までジャリジャリするがそれでも砂丘見物は無事終了。
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目の前に「馬の背」が横たわっている。
その向こうの日本海まではだれも歩いていかない様だ。
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昼食は道の反対側にある「砂丘会館」。
ここで、これから行く宍道湖畔で風にあおられてトラックが転倒をしたと言うニュースを聞いた。
ドライバーさんは「皆さん、安全運転で行きますから!」と言ってはくれるが・・・
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海岸脇を宍道湖の向って走って行くと途中で風力発電の風車が目についた。
この辺では風力発電が盛んなのだ。
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途中でトイレ休憩で”お菓子の壽城”と言う米子城そのものの姿を再現したお土産屋さん、お菓子の工場による。
天守閣も設ける城内には、寿製菓が誇る傑作「とち餅」をはじめとした甘〜い香り漂う銘菓のほか、天ぷら、珍味、吾左衛門寿司などの特産品がズラリ勢揃いしていた。
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ここは、「とち餅」が有名との事。
秘伝の製法でアク抜きしたとちの実をもち米とともに蒸し、杵でついた後、地元でとれた伯耆大納言小豆で作った餡に合わせたもの。
気前よく試食をさせてくれる。
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お菓子の工場も併設され白衣の従業員が和菓子を作っていた。
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心配していた雨風にも会わずお目当ての足立美術館に到着。
館内に入っていれば雨風はもう心配無い。
正門から中へ入る。
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日本庭園の美しさでも知られる足立美術館。
創設者 足立全康は庭園をこよなく愛し、91歳で亡くなるまで、自分の目と足で全国から植栽の松や石を蒐集し、庭造りに情熱を傾けたそうだ。
枯山水庭をはじめ、50,000坪におよぶ6つの庭園は見ごたえがあった。
其々の庭には名前が付けられ、苔庭、枯山水庭、池庭、白砂青松庭、亀鶴の滝等がガラス越し、時には直接見る事が出来た。
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この美術館の創始者、足立全康は明治32年(1899)2月8日、能義郡飯梨村字古川(現、安来市古川町―美術館所在地)に生まれた。
小学校卒業後すぐに、生家の農業を手伝いますが、身を粉にして働いても報われない両親を見るにつけ、商売の道に進もうと決意する。
14才の時、今の美術館より、3kmほど奥の広瀬町から安来の港までの15kmを大八車で木炭を運搬する仕事についた。
運搬をしながら思いついたのが炭の小売りで、余分に仕入れた炭を安来まで運ぶ途中、近在の家々に売り歩き、運賃かせぎの倍の収入を得たことがいわば最初に手掛けた商いといえる。
その後紆余曲折、様々の事業を興し、戦後は大阪で繊維問屋、不動産関係などの事業のかたわら、幼少の頃より興味をもっていた日本画を収集して、いつしか美術品のコレクターとして知られるようになっていた。
また若い頃から何よりも好きであったという庭造りへの関心も次第に大きくなっていった。
そしてついに昭和45年、71才の時、郷土への恩返しと島根県の文化発展の一助になればという思いで、財団法人足立美術館を創設した。
その銅像が立っていた。
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喫茶室で少しゆったりする事にした。
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桜の餡が入った葛湯。
竹炭のスプーンがついたコーヒー。
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窓越しに雨に濡れた庭を楽しむ。
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米国の日本庭園専門誌「Sukiya Living(数奇屋リビング)/ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が、全国850ヶ所以上の名所旧跡を対象に実施した「2011年日本庭園ランキング(潮騒ランキング)」において、足立美術館の日本庭園が昨年に続き「9年連続庭園日本一」に選ばれているそうだ。

《2011年日本庭園ランキング上位5位》
1位 足立美術館(島根県)
2位 桂離宮(京都府)
3位 栗林公園(香川県)
4位 養浩館(福井県)
5位 無鄰菴(京都府)

となっているそうだ。

OLAFは桂離宮の方が日本庭園としては完成度が高いと思うがこれまたその人の感覚だから仕方が無い。

(桂離宮を見学したときのブログ)
http://olaf-mama.at.webry.info/201105/article_14.html
http://olaf-mama.at.webry.info/201105/article_15.html

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足立美術館は、時に「大観美術館」と呼ばれることがあるらしい。
確かに横山大観の名品が、数多くコレクションされている。
しかし、この庭を眺めるとその庭の美しさの方が心に残る。

今夜の宿、”玉造国際ホテル”へ無事到着。
宍道湖の辺の宿で宍道湖がまじかに見える。

TVでは今日の台風並みの低気圧を「爆弾低気圧」と呼び、帰宅が混乱している様子が流れたいた。
大した雨風にも会わず無事宿へ着けた事に感謝!
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温泉に入って夕食。
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ゆっくりと温泉宿の夜は更けて行った。
明日も強行軍。
ゆっくり寝ましょう。

(次ブログへ続く)

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