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zoom RSS OLAFの文京朝顔・ほおずき市(’11年7月23日源覚寺の「ほおずき市」、伝通院の「朝顔市」)

<<   作成日時 : 2011/07/25 08:51   >>

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夏の風物詩「文京朝顔・ほおずき市」が、趣きのある小石川のまちなみの中で開催された。
「朝顔市」は徳川家ゆかりの伝通院、「ほおずき市」は「こんにゃくえんま」で知られる源覚寺が会場だ。
来週からはまた猛暑がぶり返すと言われているが、台風の後、やや涼しい日が続いている。
このチャンスに見に行ったことが無かったので行って見る事にした。


春日まで地下鉄で行き、小石川の「こんにゃくえんま」まで散歩する事にした。
この辺は一昨年の梅が咲く頃に散策したことがある。

(ブログ)
http://olaf-mama.at.webry.info/200902/article_4.html

街中には”文京朝顔・ほおずき市”の幟が立ち雰囲気が盛り上がっている。
オレンジ色の幟で水戸の地図が載っている。
何故?
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閻魔通りの源覚寺には横断幕と提灯が飾られている。
係りの人達が「ほおずき市の会場はこちらです!」と声をからしている。

源覚寺(げんかくじ)・こんにゃくえんま

このお寺は浄土宗。
寛永元年(1624)現在地に開創。
眼病平癒の「こんにゃくえんま」として親しまれている。
また、境内にある「塩地蔵」は歯痛緩和のお地蔵さんである。
此処にある鐘は、昭和12年サイパン島「南洋寺」に寄進したが戦後所在不明になった。
その後アメリカで発見され、昭和49年オークランド市から返還された。
元禄三年の銘あり。
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狭い参道を入っていくと道の片側にほおずきがぶる下げられている。
「風鈴が付いて2,000円」と大声。
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浴衣を着た若い子が3人でほおずきを見たてている。
「これにしましょ!」
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買った鉢を持って歩き始める。
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「閻魔様にお参りしなければ!」
若い子は良いな〜〜〜〜〜。
特に浴衣姿が似合う。
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境内にはコンニャクが売られている。
下仁田産のコンニャクとの宣伝。
浴衣姿の若い子はコンニャクではなく冷やしきゅうりをほおばっていた。
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次は善光寺会場の変化朝顔展示を見に行く。
二つのメイン会場を結ぶ沿道にも、趣を活かした様々な趣向がなされていた。
手作りの屋台テントが出ていた。
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変化朝顔のパンフ。
この会場以外でも展示会がある様だ。
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“善光寺坂”を登って変化朝顔会場の善光寺へ。
坂の途中に善光寺があるので、寺の名をとって坂名とした。
幟が沢山立っている。
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この善光寺も長野市にある善光寺の分院となっている。
善光寺は慶長7年(1602)の創建と伝えられ、伝通院(徳川将軍家の菩提寺)の塔頭で、縁受院と称した。
明治17年(1884)に善光寺と改称し、信州の善光寺の分院と なった。
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先程の浴衣姿の若い子も変化朝顔を見に来ていた。
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変化朝顔の色々。
ハワイでは変りハイビスカスが多く出されていて一部の人達はそれらを生育するのが趣味のようになっている様だ。
巣鴨の朝顔市にも変り朝顔が沢山出されていたのを思い出した。
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最後は伝通院の朝顔市へ行く。
伝通院の境内は屋台が出ていてお祭り気分だ。
このお寺は、慶長8年(1603)徳川家康が生母お大をこの地に葬った。
後に堂宇を建立し伝通院となった。
伝通院はお大の法名にちなむ。
将軍家の帰依も厚かった。
浄土宗の関東18檀林の一つで、常時1000人の学僧が修行していた。
境内には、お大の方、千姫(豊臣秀頼妻・2代徳川秀忠の長女)をはじめとして徳川家ゆかりの女性の墓が数多くある。
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身長3mもあるサムライ風の大道芸人が子供達に愛想を振りまいていた。
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「どの鉢が良いか選んで!」
「これ当たりは如何ですか?」
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文京朝顔・ほおずき市は始めて来たが中々良いものだ。
小石川の街の雰囲気に溶け込んでいるような手作りのお祭り。
これからも、長く続いて欲しいものだ。

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