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zoom RSS OLAFの能楽鑑賞(’11年4月16日 狂言「鞍馬参り(くらままいり)」 能「小塩(おしお)」)

<<   作成日時 : 2011/04/17 05:55   >>

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9日に引き続き国立能楽堂へ定例公演を見に行った。
演目は狂言:鞍馬参り(くらままいり)(大蔵流)、能:小塩(おしお)(宝生流)だ。
定例公演は夜の6時半開演。
夕方、千駄ヶ谷駅まで出かけた。


千駄ヶ谷駅の線路際に黄色い菜の花が群生していた。
先日来た時は気が付かなかったのか、その後に咲いたのか?
桜の次はツツジだがツツジも少し咲いていた。
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国立能楽堂の庭の桜は、9日は満開だったが既に葉桜になっていた。
桜の季節は早くも去ってしまった。
日本人好みのイサギの良さを感じさせる。
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今日は良い席が取れた。
面の表情も良く見えるのが楽しみだ。
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狂言「鞍馬参り(くらままいり)」。

鞍馬の多聞天は福をくれることで有名なため、ご主人様は鞍馬に参詣に行くことにしました。
無事に参詣も済んだところでご主人様は夜通し祈りを捧げる通夜(つや)をするため、お供の太郎冠者に寝ずの番を命じます。
太郎冠者は寝ずの番をしたくないのでたびたびご主人様にちょっかいをだし、ご主人様は仕方なく太郎冠者を寝かせてやります。
すると太郎冠者は夢の中で多聞天から福を授かります。
次の日、ご主人様と一緒に帰っている途中、太郎冠者は夢の中で福を頂いたとご主人様に報告するとご主人様は自分は福をもらってないのでその福をこちらに渡すよう命令します。
ご主人様の命令には逆らえない太郎冠者ですが、ただ渡すのも悔しいので福渡しという儀式をしないと福が渡らないと言いご主人様を自分の前にひざまずかせたりしてからかいながらも福を渡し、二人で仲良く帰っていくのでした。
(ネットの解説より転載)

たわいも無い内容だが面白い。

鞍馬寺には今から10年前に行ったことがある。
結構大変な山超えだったので、それからは貴船の川床には行くが鞍馬寺参りはしていない。
それを思い出した。
あそこが舞台なのだ。

「寅の日なので、鞍馬寺へ参拝に行く。」と言う台詞から始まった。
鞍馬寺は何故「寅の日」?
調べてみると、こんな事らしい。

鞍馬寺は標高570mの山中にあり加茂川の源流に近くに位置する。
寺号を「松尾山金剛寿命院」と言い、鑑真の弟子である鑑禎(がんじょう)が開祖とされる。
創建当初からの本尊・多聞天は四天王の内の北方の守護神である。
鞍馬は平安京の鬼門に当たり、その守護神として毘沙門天が信仰されたと言える。

毘沙門天は、元はインド古代神話の神で、ヒンズー教では宝石の神。
仏教に帰依してからは、仏法を守護する四天王および十二天の一尊で、北方を守護する武神。
また、毘沙門天は、仏が説法する道場に常に居て説法を聴くことから、「多聞天」の名も持つ。
四天王の一将として祀られる時は「多聞天」、単独で一尊だけ祀られる時は「毘沙門天」と呼ばれる。

今でも、初寅大祭(はつとらたいさい)が行われている。
ご本尊の一尊である毘沙門天が、寅の月・寅の日・寅の時刻に鞍馬寺に現れたことから、新年最初の寅の日に行われます。
古来より、この日に参拝すれば毘沙門天の無量の大福を授かることができると伝えられています。
この様な事らしい。

懐かしい鞍馬時へ行った記念写真を載せておこう。
(フィルム写真なのでスキャンして取り込んだ。)
鞍馬寺の案内。
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鞍馬駅。
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ケーブルカーで鞍馬山を登る。
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参拝。
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山道は杉の根が絡み合っていて歩きにくかった。
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山を降りてきて湯豆腐を食べた。
もう寒かったので温まった。
OLAF満足。
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休憩時間。
中庭。
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能「小塩(おしお)」。

大原野は満開の花ざかり。
花見人の前に桜の枝をかざした老人が現れた。
老人の華やいだ姿に花見人は声をかける。
二人は桜花はともに愛で、そのあまりの美しさに老人は「大原や小塩の山も今日こそは神代のことも思い出づらめ」と言う。
花見人がその歌の作者を問うと、二条の后がこの大原野に行幸されたとき、在原業平が后との昔の契を想い詠んだ歌だと答える。
老人は昔男と呼ばれた業平の話につけ、昔のことが偲ばれると嘆き悲しみ、花見車のかげに消え失せた。
<中入>
花見人はさき程の老人が業平の霊だと知り、御経を読誦して奇特を待つ。
花見車に乗って貴人姿の業平が現れた。自らの和歌を続けざまに詠じ、多くの女性たちとの契りを想い起こし、とりわけ二条の后に供奉してこの大原野に来た昔を偲び、舞を舞う。月も春も今は昔となったが、二条の后の御幸のことはいつまでも忘れられないと嘆きつつ、春の夜が白むとともに消え失せた。
儚く散る桜と、『伊勢物語』六九段の斎宮と業平の「君や来し我や行きけんおもほえず夢か現か寝てか覚めてか」、「かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは世人定めよ」という贈答歌とが混然となった夢幻能の世界。
(ネットから解説を転載)

今回も舞を中心とする能であった。
幽玄の世界に遊ぶと言う言葉がピッタリだ。

この舞台になった「大原野神社」へは桜の季節に行った事がある。

(その時のブログ。)

http://olaf-mama.at.webry.info/201004/article_9.html

大原野神社はJR向日町駅あるいは阪急東向日駅からバスに乗る。
灰方を経由して、終点南春日で下車。
バス停から西へ歩き、境外社・樫本神社あたりで北へ向うと境内入口の鳥居。
バスの本数が少なく途中まで歩いたことを思い出した。

鳥居をくぐり、階段を登ると200mほどの参道が北へ延びている。
参道の右手には、奈良の猿沢池を模したという鯉沢の池。
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此処は「千眼桜」で有名だったが、桜は未だ咲いていなかった。
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狛犬ならぬ狛鹿?
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此処がこの幽玄な舞の舞台だったのか。
そう思うと楽しくなるし、その神社に対する見方も変わってくる。
京都で散策したところが多く出てきた。
益々京都が好きになってくる。

今回は一番前の席で見ることが出来たので面の表情が良く見えた。
角度によってその能面の表情が変わって見える。
不思議なものだ。

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