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zoom RSS OLAFの能楽鑑賞(’11年1月8日 狂言:呂蓮(ろれん) 能:百万(ひゃくまん))

<<   作成日時 : 2011/01/10 15:31   >>

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1月の普及公演を楽しみに国立能楽堂へ出かける。
普及公演は ”解説・能楽あんない”が有るので勉強になる。
今回は、狂言は「呂蓮(ろれん)」、能は「百万(ひゃくまん)」だ。


午後一時開演というので、12時半に千駄ヶ谷駅に到着。
前回は12月の夜だったので、駅前のライトアップが美しかったが、今日は1年生から3年生まで出場可能な最強チームで競う真の高校バレー日本一決定戦!『全日本バレーボール高等学校選手権大会』が行われていた。
目に飛び込んできたのが、マスコットの「バボちゃん」。
青い空に映えていた。
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1月のプログラム。
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まだそれほど混んでいない。
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今日は中正面でお安い席。
しかしさほど見難い事はない。
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最初は狂言の「呂蓮」。

(内容)
都見物の僧が宿主に説教している。
ありがたい話を聞いた宿主は是非とも弟子にしてくれと頼む。
家族が許してくれるならという条件で、彼を出家させる。
都見物の僧が剃刀を手に宿主の頭を剃る。
ゾリゾリという擬音を口ずさむのが面白い。
中央に正座する宿主の背後、次に彼の前に立ち頭を剃って、再び彼が姿を見せると、頭には既に僧侶の頭巾を被っている。
更に都見物の僧から法衣を賜った宿主は、法名をつけて欲しいと頼む。
弟子もとったこともなければ法名も付けたことがない都見物の僧は少し迷ったが、”蓮”が付く名にしようということで、あれこれ名前を挙げる。
主人の家に定まる「蓮」という字に、「い蓮」「は蓮」「ちりぬ蓮」などと「伊呂波」の順に付けたうち、宿の主人が「呂蓮」を気に入ったのでつけた。
そこへ宿主の妻が登場し、夫が自分に相談もせず出家したと知り激怒。
妻に問い詰められて夫は都見物の僧のせいにし、戸惑う都見物の僧。
今度は都見物の僧が妻に責められるが、家族の合意の上のはずだったと反撃。
それを聞いて再び夫が責められる。またしても言い訳をして都見物の僧のせいにし、一人逃げ出す夫。
妻は夫が無理矢理、出家させられたのかと都見物の僧に迫る。
都見物の僧はそんなはずはないと反論するが、妻に追いかけられる羽目に。
宿主の間抜け振り、恐妻家ぶりが滑稽な話だ。


能が始まるまで20分の休憩。
お土産屋は何時もの通り。
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年が明けたら、カレンダーが安くなるかと思ったが、1,200円変わらず。
残念!
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能舞台のキザハシの所には白い砂利が敷き詰められている。
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能は「百万」

(内容)
「百万」は、夫に死別して子にも生き別れた女性が、百万という女曲舞舞い(曲舞:くせまい 南北朝時代から室町時代にかけて盛んだった中世の芸能のひとつ。「久世舞」とも書き、「舞々」「舞」などともいう。)となって故郷の奈良から上洛し、嵯峨清涼寺の大念仏の場で曲舞を奉納しているところで、わが子に再会し最後に二人はめでたく故郷へ帰って行くる、という内容の能。
主筋は親子の再会譚だが、それを人情物として描くのではなく、「仏徳による迷える衆生の救済」として描く。
百万は南北朝期に実在した女流の曲舞舞い。
原作は観阿弥で、それを世阿弥が一部改作したのが現在の形らしい。


「狂い笹(くるいざさ)」(何事かがあって狂い乱れている人物が、その状態を象徴するように手に持つ笹のこと。)を持って舞う姿。
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この能の舞台になっている清涼寺といえば京都でステイした時にお参りに行ったお寺だ。
嵯峨釈迦堂とも言われる。
清涼寺の前身は、光源氏のモデルとされる嵯峨天皇・皇子の源融(みなもととおる)の山荘「棲霞観」(せいかかん)で、融が亡くなって棲霞寺と改めらたが、天慶8年(945)醍醐天皇・皇子の重明(しげあきら)親王が亡き妃のために新堂を建て釈迦如来を安置した。
これが釈迦堂の名前の由来とせれ、京都十三仏霊場第二番礼所である。

http://olaf-mama.at.webry.info/200911/article_11.html

山門。
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’09年の秋で紅葉の頃だった。
多宝塔(内部に多宝如来がまつられている。)
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紅葉が美しい境内だった。
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ここには、お休み所があって嵯峨で有名な「大文字屋」のあぶり餅」が食べられた。
なかなかの美味。
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翌年の’10年の4月にも桜の清涼寺に行った。
その時の思い出の写真。

http://olaf-mama.at.webry.info/201004/article_3.html

本堂。(釈迦堂)。元禄14年(1701)に再建されたもの。
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枝垂れ桜。
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鐘楼と桜。
手前は、豊臣秀頼公の首塚。大阪城の三の丸跡発掘現場から出土。
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聖徳太子殿。境内の西南隅にある。
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あぶり餅とわらび餅。
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この能に出てくる「嵯峨大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)」は3月15日夜、豊作を祈願して参道や境内にお店と人の集まりがにぎわう「お松明(たいまつ)」(京都三代火祭りの一つ)火祭りが行われ、朗々とつづく続経のうち、三基の大松明に火が点けられ、春浅い闇の空に炎が舞いあがる日に嵯峨大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)が境内の舞台で催されるそうです。
清涼寺の境内は広く、他に一切経堂、愛宕権現社、多宝塔、嵯峨天皇宝塔・檀林皇后宝塔、東大寺の僧・ちょう然の墓、嵯峨大念仏狂言(重要無形民族文化財)が演じられる狂言堂、聖徳太子殿など。
桜の頃には早いのですが、次回はこれを見に京都へ行ってみることにしよう。

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