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zoom RSS OLAFの東京散歩弟52回 (’10年7月14日 靖国神社「みたままつり」)

<<   作成日時 : 2010/07/15 20:47   >>

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「みたままつり」が7月13日から始まった。
「みたままつり」は、靖国神社がお盆にちなんで戦歿者246万6,000余柱の「みたま」を慰めるため、戦後の昭和22年から始めたものだそうだ。
神社境内に飾られた29,000灯個を超す「懸雪洞(かけぼんぼり)」や大・小提灯の「献灯」は、東京九段の夜空を美しく彩ります。
また能楽堂の特設ステージでは日本舞踊などの伝統芸能のほか、ジャズなどの多彩な音楽イベントも開催されるそうです。
露店や御輿、昔懐かしい射的等で賑わっていました。


地下鉄の九段下駅から、靖国神社参道へ。
「みたままつり」のぼんぼりが目に付く。
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大鳥居を過ぎると左右のぼんぼりと露店が目に入ってくる。
イカ焼きの煙や、匂いが漂ってくる。
若い人が多く目に付くが、近所の大き目の神社で行なう祭り・楽しい行事として楽しんでいる様子だ。
戦争の英霊を迎える等と言うような感覚はあまり無い様に見える。
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近代日本陸軍の創設者で靖国神社の創建に尽力した大村益次郎の銅像。
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浴衣を着て縁日を楽しんでいる若者達。
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遺族会や旧軍隊のメンバーが奉納している提灯。
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神門に飾られている七夕飾り。
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中門鳥居と拝殿。
多くの人が祈っていた。
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小さな提灯が拝殿の境内に奉納されていた。
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能楽堂の特設ステージでは日本舞踊などの伝統芸能が奉納されていた。
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安来節も奉納されていた。
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境内・参道には画家・書家・作家・俳優・スポーツ選手・歌手などの各界名士揮毫の懸(かけ)雪洞(ぼんぼり)約400灯をはじめ、ご遺族・戦友・崇敬者から奉納された大・小の献灯(けんとう)約3万灯が「神霊」に捧げる『みあかし』として掲げられていました。
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森光子さん。
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政治評論家の三宅久之さん。
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倉本聡さん。
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ブルガリアから来た琴欧州の作品。
筆と墨で良く書いたものだ。
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画家の作品は絵が描かれていて、綺麗だった。
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遊就館へ行って見ました。
遊就館の名前の由来は、中国の古典、『荀子』勧学篇「君子は居るに必ず郷を擇び、遊ぶに必ず士に就く」から「遊」「就」を撰んだものだそうです。
国のために尊い命を捧げられた英霊のご遺徳に触れ、学んでいただきたいという願いが館名には籠められているそうです。
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ガラス張りのホールの中に零式艦上戦闘機52型が展示されていました。
太平洋戦争全期にわたっての海軍主力戦闘機の零戦ですが、ここに展示しているのは、中期〜終戦までのの主力であった52型です。
特攻隊に使われた戦闘機です。
意外と小さな飛行機で、日本の技術の高さを感じさせられます。
こんな飛行機で敵艦に突っ込んでいったのだ。
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大砲も展示されていました。
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遊就館特別企画として、「みたままつり揮毫ぼんぼり展」が開催されていました。
揮毫雪洞は祭典が終ると大切に保管され、これまでの総数は2万灯を越え、昭和40年からは前年度奉納分から選ばれた10点が「揮毫選集」として絵葉書にされるそうです。
遊就館では、昭和35年から同40年までに奉納された下記各界名士の揮毫30点を展示し、神霊に捧げられた慰霊鎮魂がなされていました。
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力道山、加山雄三さん。
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武者小路実篤さん。
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庭に特攻勇士之像 が有りました。
傍の掲示物には、以下の文章が記されていた。

特攻勇士を讃える。
戦局がいよいよ悪化した大東亜戦争の末期、陸軍航空西尾少佐以下1344名、 義列空挺隊奥山少佐以下88名、 戦車隊丹羽准尉以下9名、海上挺進戰隊閏部少佐以下266名、 海軍航空関大尉以下2514名、 特殊潜航艇岩佐大尉以下436名、 回天上別府大尉以下104名、震洋石川大尉以下1082名、計5843名の陸海軍人は敢然として敵艦船等に突入散華され今日の平和と繁栄の我が日本の礎となられた。
 その崇高な殉国の精神は、国民ひとしく敬仰追悼し、永久に語り継ぐべきものである。
  平成17年6月28日    財団法人 特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会


知覧の特攻記念館行った時のショックが思い起こされました。
「靖国神社で会おう。」
この合言葉で祖国のために散った若い人々。
写真はまともに見ることが出来ませんでした・・・

この様な若者がいたことを忘れてはいけないだろう。
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全国有名灯篭の展示がなされていました。
”ねぶた”です。
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”福岡 八女提灯”
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”江戸風鈴”
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”戦争を知らない子供達”と言われた私達でも、靖国神社に奉られている人達が今の日本を創ってくれた事は知っている。
神風特攻隊の「蛍の宿」も知っている。
知覧の記念館の肉親宛の遺書も知っている。
涙無くして見られなかった。

浴衣姿で露店を楽しんでいる若い人達は、靖国神社に来ていてもその様なことは知っているのだろうか?
聞いたことは有るんだろうか?
日本の将来はどうなっていくのだろう?

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