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zoom RSS OLAFの東京散歩弟47回 (’10年6月27日 荒川伝統文化ライブとミニウオークツアー)

<<   作成日時 : 2010/06/29 11:32   >>

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『下町荒川の伝統文化ライブと体験観光ツアー』が「あらかわ観光協議会」の主催で行われました。
「あらかわ観光協議会」は荒川を観光振興で活性化しようと設立されたもので、平成22年度までに観光協会設立を目指していると言う。


梅雨の合間の蒸し暑い日曜日の午後、日暮里駅前に集合してツアーが開始されました。
午後一時、事務局を含め総勢30名が集まりました。
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舎人ライナーで「熊野前駅」に移動です。
約10分で到着です。
熊野前商店街を歩きます。

この商店街は『はっぴいもーる熊野前』という名前です。
その昔、TV番組「天才たけしの元気がでるテレビ」で、この商店街が取り上げられ、全国的に有名になった時もありました。
が、今はどこにでもある商店街です。

この商店街を歩くのは初めてでしたがシャッター通りにはなっていません。
でも、日曜なのに人通りは少ないようです。
元気な商店街を目指し色々手を打っているようです。
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この商店街では色々な試食が準備されていました。
始めは、おでん屋さんが試食をさせてくれました。
夫婦でやっているおでん屋さん。
暑いが熱いおでんも良いかな?
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次は最初の伝統文化”紙芝居劇場”で紙芝居を見ます。
劇場前では、拍子木と大きな声での呼び込みです。

荒川区は紙芝居発祥の地といわれています。
かつて街角には、たくさんの紙芝居屋さんがいました。
敗戦後の貧しかった時代に「もんじゃ」と並んで子供たちに人気が高かったのは「街頭紙芝居」です。
そんな紙芝居と荒川区の関わりは意外に深く、昭和初期から荒川区内には数多くの街頭紙芝居の貸し元が存在していました。
特に日本の紙芝居業界の御三家の一つであった「大日本画劇株式会社」が現在の京成町屋駅近くにあったことが紙芝居の町荒川区の大きなインパクトであったと思います。
また、戦後の紙芝居の人気ナンバーワンであった「黄金バット」の原作者である「加太こうじ」さんは日暮里の太平洋美術学校で絵画を勉強したそうです。
こうしたこともあって、街頭紙芝居は、荒川区、台東区、足立区など、東京の下町で隆盛をみることになりました。
最盛期の昭和27年頃には、東京だけで紙芝居を見る子供は100万人に登り、紙芝居屋も3000人(全国では5万人)いたそうです。
しかし、日本の社会が豊かさを求め始めた昭和30年代後半から、テレビの進出もあいまって、子供たちの娯楽も急速に変化し、紙芝居も街頭からその姿を次々に消していきました。
しかし、現在も、日暮里在住の「森下正雄」さんが数少ない紙芝居師として活躍しています。

今日は、一歳の子持ちの紙芝居師シマちゃんが紙芝居を見せてくれました。
舞台に自転車が飾られそこに紙芝居がセッティングされていました。
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始めは紙芝居クイズ。
「なんて詠む〜〜〜〜?正解したらぶる下げられているおもちゃをどうぞ。」
「正解は、蟻が十匹でありがと〜〜〜〜。」
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紙芝居道場の脇に大きなビートたけしさんをモデルにした招き猫が今でも有ります。
「荒川区熊野前商店街名物」「たけし猫招き」。
日本テレビの「天才たけしの元気が出るテレビ」で放映された時の記念で、昭和60年4月吉日と記されていました。
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昭和レトロと称して昔の週刊誌の表紙がシャッターに飾られていました。
商店街を盛り上げようとする皆さんの努力のようです。
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次はお茶屋さんが冷たいお茶をサービスしてくれました。
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その前の手作りワッフルのお店からワッフルのサービスがされました。
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最後は八百屋さんのスイカとパイナップルのサービスです。
暑い中、歩いていると冷たいスイカは美味でした。
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都電の脇を通って三味線屋さんに行きます。
398mになった東京スカイツリーと都電の対比がいかにも下町風です。
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三味線屋の『かとう』さんに到着しました。
ここで、三味線の説明や体験が出来ると言う事です。
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急な階段を登ると三味線の演奏が聴けるライブハウスになっていました。
ご主人から三味線の歴史や構造の説明がありました。
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普段手にする事の無い三味線体験教室が開かれました。
竿にNoがうってあり、三本線の何処を押さえればいいか分かるようになっていました。
「さくら〜〜〜。さくら〜〜〜〜。」と指導を受けながら皆さんチャレンジするのですが中々思う様な音が出ないようです。
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最後にここのご主人が創作したエレキ三味線を聞かせてくれました。
エレキギターやオーケストラと競演する時等にこれが必要になるとか。
中々いい音でした。
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いよいよ最後の下町の味『もんじゃ』です。
"もんじゃ"は月島地区にその名前を取られてしまっておりますが、元来は"荒川区が発祥の地"として譲らない方々も多いです。
もんじゃ会館「もんじゃ浜作」です。
階段を上がり、お座敷に通されました。
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狭い室内はクーラーが効いていないので暑い暑い。
此処でもんじゃを焼いたらどうなるのだろう?
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最初は『浜作寄席』です。
二つ目の三遊亭粋歌さんの落語でした。
女性落語家で将来が楽しみな落語家さんでした。
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もんじゃです。
昔は何円かの駄菓子だったそうです。
あまり・・・・・です。
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下町を散策して知らなかった一面を見たり聞いたりしました。
TVでは下町散策的な番組が多く、TVでは知っているが実際の所へは行った事も無いし知らなかった所等周って見ました。
なかなか面白い行事でした。

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