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zoom RSS OLAFの神田祭見物 (’09年5月9日 神田祭 @神幸祭)

<<   作成日時 : 2009/05/10 08:54   >>

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いよいよ東京に夏を告げる祭りの幕が切って落とされた。
最初の祭りは、神田祭り。
江戸総鎮守である神田明神で行われる祭事。
徳川将軍上覧の祭りであったため、天下祭ともいわれている。
江戸時代を通じて全国的に有名な祭のひとつとして「日本三大祭り」「江戸三大祭り」の中に数えられた。
2年ごとに本祭と陰祭が入れ替わり、2009年は本祭の年。


午前8時に、境内で神幸祭の行列が出発する発輦祭が行なわれる。
その後、3基の鳳輦・神輿をはじめ諌鼓山車や獅子頭山車など賑やかな祭礼行列が氏子108町―東京の都心、神田、日本橋、秋葉原、大手丸の内―へと出発するそうだ。
そこで、OLAFは頑張って早起きをして、神田明神まで出かける。
一の宮:大己貴命(だいこく様)、二の宮:少名彦命(えびす様)、三の宮:平将門の鳳輦
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神田明神の御祭神は三体。
一の宮 大己貴命(おおなむちのみこと) だいこく様。
縁結びの神様。
天平2年(730)ご鎮座。
国土開発、殖産、医薬・医療に大きな力を発揮。
国土経営、夫婦和合、縁結びの神様として崇敬されている。
別名、大国主命(おおくにぬしのみこと)。
島根県の古社・出雲大社のご祭神でもある。
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二の宮 少彦名命(すくなひこなのみこと) えびす様。
商売繁昌、医薬健康、開運招福の神様。
日本に最初の神様のお一人・高皇産霊神(たかみむすひのかみ)の子供。
大海の彼方・常世(とこよ)の国よりきた、手のひらに乗るほどの小さな神様。
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三の宮 平将門命(たいらのまさかどのみこと) まさかど様。
除災厄除の神様。
延慶2年(1309)にご奉祀。
平将門公は、承平・天慶年間、武士の先駆け「兵(つわもの)」として、関東の政治改革をはかり、命をかけて民衆たちを守った。
明治7年(1874)に一時、摂社・将門神社に遷座されたが、昭和59年に再びご本殿に奉祀され今日にいたっている。
東京都千代田区大手町・将門塚(東京都指定文化財)には将門公の御首を祀つってある。
この鳳輦は屋根の形が変わっている。
こんな屋根は見たことが無かった。
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境内では、既に鳳輦・神輿も準備され、宮司以下神職、氏子総代、鳶頭をはじめ神幸祭に奉仕する人々が集まっていた。
鳶頭連による木遣りの声が高らかに響き渡るなか、発輦祭が始まった。
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神輿に供えるお供え物も準備されている。
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神官による祝詞が挙げられる。
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神官によりお供え物が祀られる。
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参列している鳶頭のいでたちが粋。
昔風の煙草入れが腰に挟まれていた。
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9時半、いよいよ祭礼行列が出発。
最初は猿田彦
この猿田彦とは三重県鈴鹿市の椿大神社、三重県伊勢市宇治浦田の猿田彦神社がサルタヒコを祀る神社として名高い。
天孫降臨の際に道案内をしたということから、道の神、旅人の神とされるようになり、道祖神と同一視された。
そのため全国各地で塞の神・道祖神が「猿田彦神」として祀られている。
湯島天神際の時にも見たが、神田祭神幸祭の行列でも、天狗面を被った猿田彦役の者が先導をする。
天狗が履く一本刃の高下駄での行列は大変そう。
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だいこく様・えびす様
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獅子頭山車
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先導騎馬神職
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錦旗
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七色旗
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一の宮鳳輦
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二の宮神輿
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三の宮鳳輦
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由布籠山車
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祭礼行列は平安装束をまとった人々に付き添われ粛々と出発していった。
OLAFは昔チンドンヤさんの後をついって行ったように少し追っかけてみた。
街中では、各町会の社務所で町会の神輿を飾り、祭礼行列をお迎えしていた。
その前を行列唯一の花、巫女さんと乙女(市女笠)達が通り過ぎていった。
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祭礼行列を楽しんだ。
午後からは附け祭り(つけまつり)が始まる。
附け祭りとは、この行列に曳物(ひきもの)と呼ばれる巨大なはりぼての人形や様々な踊り子が流行の衣装を身にまとい流行の音楽を奏でながら行列に参加しこの行列が更に膨らむそうだ。
それまで一休みしますか。

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