OLAFは、1月15日に浅草瓢庵(ひさごあん)お座敷遊び入門に参加し、お座敷遊びを楽しんだ。 浅草花柳界は浅草寺の北に広がる花街で、伝統と格式を誇る東京屈指の花柳界のひとつ。 その料亭街にある瓢庵でのお座敷遊び。 お座敷遊びはOLAF初体験。 楽しみだ! 東京浅草組合(見番)の前にある料亭瓢庵。 玄関の脇には、金魚がいる池が作られていた。 ロビーの壁には、飾り板、江戸の伝統芸能の江戸紙切芸で作られた切り絵のシルエットが飾られていた。 お座敷に通される。 立派な床の間。 お料理が出される。 初めビールで食事開始。 芸者さん、幇間さん登場。 席を廻りながら、おしゃべり。 浅草の売れっ子芸者の聖子さん。 まだ、お正月と言う事で黒の紋付の正装。 地方(じかた)三味線の紫沙(しさ)さん。 茶碗蒸しが出てくる。 冷酒を楽しむ。 幇間(ほうかん)の櫻川七助さん登場。 若くていい男。 日本には幇間は4人しかいないと言う。 こんな若い太鼓持ちがいるのかとビックリ。 『イヨ!絶滅品種の天然記念物』と声をかけたら、『天然記念物が羨ましい。国が保護してくれる。アッシ何ぞは誰も保護してくれません!』だって。 ごもっとも。ごもっとも。 七助さんは、1965年東京生まれ。 19歳のときに、男性5人のグループ「KIDS」で演歌・ポップス歌手としてデビュー。 CM・ミュージカル・ドラマなどにも出演。 その後、グラフィックデザイナーとして会社勤めを経験。 ’95年、幇間・櫻川米七師匠へ弟子入り、’97年に七助を襲名する。 現在、浅草で活躍中の4人の幇間のひとりだそうだ。 いよいよ、芸者さんの踊りが始まる。 三味線と太鼓で優雅な踊り。 七助さんの幇間芸の開始。 初めは得意芸の「娘さんとおばあさん」の踊り。 初め娘さんで踊って、頭の手ぬぐいのかぶり方を変え、着物に白い手ぬぐいを掛けお婆さんになって同じ踊りをする。 踊の次は、七助さん得意とする屏風芸。 屏風を使って半身を女、半身を男などに見立て、入れ替わり立ち替わるひとり芝居。 本日の出し物は、”太鼓腹”。 太鼓腹は若旦那が素人鍼に凝って、太鼓持ちに練習をしたいと言う落語。 練習台になって、お腹に鍼を打たれる。鍼が折れてしまいとんでもないことになる。向い鍼を打つと折れた鍼が抜けると言って何本も打たれる。ついに、お腹の皮が破れ血が出てしまう。 料亭の女将に『お前さんも、一流の太鼓持ち。だいぶお金を貰ったんだろう。ただ、仲間のもんに聞こえても態(なり)が悪いじゃないか。』 『鳴りも悪いよ。太鼓の皮が破れたんだから。』が落ち。 『若旦那。何ですか?鍼を打ちたい?嫌ですヨ。』と屏風の陰にいる若旦那と・・・ 『帰らせてくださいヨ。耳など掴んじゃ嫌ですよ!』 『胸元の手を離して下さいヨ。痛いナ〜〜〜。』 『帰らせてくださいヨ。着物を離して下さいよ。』 一人芸とは分かっているものの二人いるようで面白い。 さすが18番の芸。 次は踊で「かっぽれ」。 これも七助さんの得意芸の一つ。 終わって、OLAFと二人で写真を取らせてもらう。 まるで若旦那と? 次は、宴席でのお遊びの一つ『トラトラ』です。 三味線と歌にあわせ、『トラト〜〜〜〜ラ、ト〜ラ、ト〜ラ』と踊りながら準備します。 虎の真似と、お婆さんの真似、猟師の真似をします。 虎はお婆さんに勝ちです。お婆さんは猟師に勝ちます。猟師は虎に勝ちます。 屏風の外側で客席から見ているお客様達は判りますが、屏風を挟んでいるのでお互いには何の真似をするかは分かりません。 最後は、屏風から少し表側に出ますので勝ち負けは分かります。 遊びの説明をする聖子さん。 太鼓持ち、七助さんはお婆さんの真似。 芸者さんは猟師の真似。 従って七助さんのお婆さんの勝ち。 お客さんの飛び入り参加です。 OLAFは最初に指名されました。 出来るかな〜〜〜? 踊を教えてもらいながら、トラ、ト〜〜〜ラと踊ります。 OLAFは漁師さん。相手はお婆さん。 従ってOLAFの負けと言う事になりました。 最後のお座敷遊びは、”金毘羅船々”。 『金毘羅ふねふね お池に帆かけて シュラシュシュシュシュ〜。』という唄に合わせて二人で対戦。 卓の上の置物を交互に触りに行きます。 その置物が有る時はパ〜で対応します。 相手が持ち去った時はグ〜で対応します。 このときパ〜とグ〜を間違えると負けとなります。 いよいよ終了です。 記念写真を撮りました。 OLAF大満足。 この日は、新春浅草歌舞伎、 浅草総見の日だそうです。 浅草花柳界の年初めの行事で、浅草公会堂にて行われる新春花形歌舞伎に、芸者衆が出の衣裳でお客様をお迎えして歌舞伎鑑賞。 その後、浅草の割烹料亭にて芸者衆と共に楽しいひとときを過ごせる行事だそうです。 料亭瓢庵の前の見番から人力車で会場に乗り付けるとの事。 京都で言えば八朔並みの行事でしょう。 綺麗どころが集まるこのタイミングを、逃す手は無いと出発を見ていくことにしました。 |
<< 前記事(2009/01/16) | ブログのトップへ | 後記事(2009/01/17) >> |