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zoom RSS OLAF思い出のアルバム(’93/8 ロシア旅行A)

<<   作成日時 : 2007/11/03 23:45   >>

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午後からは、宇宙開発事業団を視察する。ロシアは貧しい国になっていたので、売れるものは何でも売ろう!という事か?衛星打ち上げのロケット、人工衛星そのものまで等々。OLAF一行を大歓迎で迎えてくれた。

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ビックリした。おびただしい数のロケットが、所狭しと並べてあった。う〜〜〜〜〜。

バスで次の見学先へ移動です。道のあちこちに車が乗り捨てられてました。聞くと”故障車”との事。日本ではまづ見ない風景です。最悪の国です。今はもうこんな事は無いんでしょうネ?
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野外武器博物館と言うところへ行きました。第2次世界大戦中の戦車の模型でも置いてあるのかと思いましたが、もう少し新しいのもありました。説明プレートに「大陸間弾道ロケット、核装備0,6メガトン、1968年装備、76年廃棄」などと書いてあります。こんなものまで展示する国って何か変じゃない??

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夕食は、駐在の日本人が紹介してくれたレストラン『ニゲーナ』という店で頂く。
ホテルの食事より美味しかった。
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8月25日
今日は、サンクトペテルブルグへ移動する。
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(空港の食堂で朝食。いつも思うんだけど、パンのみ一杯ある。生野菜はほとんど出ない。)

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(登場前の空港で)

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(シェレメチェヴォ空港からエアフロートのツボレフ機に乗り、約2時間でサンプトペテルブルグ着。空港で。)

サンクトペテルブルグは、ピヨートル大帝が開いたロシアの首都。
17世紀の終わりに、ピョートル大帝はアゾフ海に進出、さらにスウェーデン・バルト帝国と大北方戦争を戦い、バルト海沿岸を獲得、そこに首都サンクト・ペテルブルクを建設し、そこを帝都とした。

ホテルに到着して、早速昼食。
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(名物の水餃子)
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(魚のから揚げが出た。)

昼食後早速エルミタージュ観光へ出発。

エルミタージュ美術館は、サンクトペテルブルクにあるロシアの国立美術館。 1990年に世界遺産(サンクト・ペテルブルク歴史地区と関連建造物群)に包括登録されている。
1764年にエカチェリーナ2世が収蔵品の収集を始めたのがエルミタージュの起源である。本来はエカチェリーナ2世専用の美術館で、フランス語で「隠れ家」を意味する「エルミタージュ」という名称もそれに由来する。当初は王侯貴族の収集品を収めるだけで、一般向けの開館はしていなかったが、1917年に一般向けに開館した。

アレクサンドルの円柱は、1812年の対ナポレオン戦争(祖国戦争)の勝利を記念して建てられた。 アレクサンドル1世(在位1801〜1825)がナポレオン軍を破ったので、この皇帝をたたえるために建てられた。設計者はフランス人建築家モンフェランです。円柱の完成はアレクサンドル1世の死後、1834年のこと。
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(エルミタージュとアレクサンドルの円柱。)
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(ネヴァ川を渡ってエルミタージュ美術館を見る。)

ペトロパヴァロスク要塞
1703年、スウェーデンからの攻撃を防ぐために建設された。要塞は小島にあり、高さ12mの厚い城壁に囲まれており、世界遺産にも登録されている。中央には代表的なロシア・バロック建築であることでも知られるペトロパブロフスク聖堂があり、代々の皇帝の石棺が並べられている。

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(ネヴァ川越しに見るペトロパヴァロスク要塞。高く見えるのはペトロパヴァロスク聖堂。)

ヴァシリエフスキー島の岬の先端に建つ2本の赤い塔は、>ロストラの灯台柱です。塔は1810年に建てられ、円柱の高さは32m。台座の彫刻はロシアの4つの川、ボルガ、ネヴァ、ヴォルホフ、ドニエプルを表現しているそうです。 海戦勝利記念柱でもあり、祭日などには天辺に明かりがともされるそうです。

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犬ではなく熊!!さすがロシア??
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イクサ聖堂が見えた。
1858年に完成するまで40年もの歳月をかけた世界で3番目に大きい聖堂。エルミタージュ美術館から徒歩数分の位置にあり、金色の円屋根や、聖人・聖書の場面を描いた内装は一見の価値がある。聖堂の前にはピョートル大帝像も建てられている。

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青銅の騎士像
青銅の騎士像は緑豊なデカブリスト広場(元老院広場)の一角に建っています。像は、ピョートル大帝(1世)の馬上像です。大帝は北方戦争で戦ったスウェーデンをにらんでいるのだとか。エカテリーナ2世がフランスの彫刻家につくらせたロシアで最初の記念像ということらしい。

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結婚式を終えたカップルが、この像の前で記念写真を撮っていた。
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ニコライ1世馬上像
工事中に作業員60人が食中毒で死亡、その墓場の上に建つ寺院。聖堂前の広場には建設に情熱を注いだニコライ1世の立派な馬上像が建っています。

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芸術広場に立っているプーシキン像。
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スモーリス修道院
ピョートル1世の松ヤニ工場(倉庫)の跡地に建てられたので、市民は松ヤニの教会と親しんでいます。エカテリーナ2世が貴族の令嬢たちの学習の場として建てたそうです。
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一日の観光も終わり、ホテルで食事。
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(変りばえのしない食事。苦くて硬いキュウリまで付いていました。)

食後、ロシア民謡と踊を見に行く。確か公会堂のような所であった。若い女性はスリムで美しかった。
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次ブログへ続く

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